少年は美術室に行った
「おや、全員来たのかい?」
美術室のドアを開けたホークが、少し驚いた顔をして言った。
ロムにしてみれば、この短時間で血まみれの服から着替えている方が驚きだったが。
「お邪魔でしたか?」
「そんな事はないよ。さあ入って。君達も遅くなると、ニーナが心配するだろう?」
「ニーナは、ここで起きた事を知ってるんでしょうか?」
「もちろん。私が連絡しておいたからね」
「ここに来るのか?」
レヴィの質問に、ホークは首を横に振った。
白い悪魔が現れて恋人が怪我までしたというのに、ニーナは心配じゃないんだろうか。二人の関係は、ロムから見ると淡泊過ぎて理解できなかった。
「大丈夫だよ。とても心配していたし、駆けつけるつもりだったみたいだけれど、私が断ったんだよ。今は守るべき者が居るのだからとね」
ロムが口に出さなかった思いに、ホークが答えた。顔に出ていたのかと思って申し訳なくなった。
「それで? 俺とアイラスに用事って何だ?」
「ああ、そうだね。用件に入ろう」
ホークは机の上の大きな紙を手に取った。丸めてあるのでよくわからないが、数枚あるようだ。
「保護区の子供達には、白い悪魔の事は伝えてなかったんだよ。でも今日、ここに出現して見てしまった。だから、きちんと教えておく事になってね。そのための絵を描いて欲しいんだ」
「ああ? 自分で描きゃいいじゃねーか。そんくらい描けるだろ?」
「私が描くと写実的になってしまうからね……。特徴がわかるだけの、可愛くデフォルメされた絵が欲しいんだよ」
言われてレヴィは、アイラスの方を向いた。
「アイラスの方が、得意なのかな?」
「あっ、ハイ」
「後々はポスターとして貼る事になるから、絵画とまではいかなくても、この前配られていた人相書きよりは丁寧に描いて欲しい。報酬はわずかだけど、保護区から出る。お願いできるかい?」
アイラスはレヴィを見て、レヴィは無言で頷いた。
「わかりました。何枚ですか?」
「ありがとう。三枚頼むよ。レイアウトは任せるが、文面は私が考えるよ。明日の朝、届けさせよう」
大きな紙を手渡しながら、ホークは重ねて聞いた。
「いつ頃できそうかな?」
紙を受け取ったアイラスは返答に悩んでいて、代わりにレヴィが答えた。
「急ぐんだろ? 明日、いや……明後日には完成させるよ」
「ちょっと待ってよ。レヴィが描くわけじゃないんでしょ? アイラス、いいの?」
アイラスは驚くでもなく、困った風もなく、レヴィを見ていた。
「アイラスには白い悪魔の絵だけ描いてもらう。レイアウトや文字のレタリングは俺がする。それなら明後日までに三枚、できるだろ?」
わかっていたかのように笑って頷く彼女を見て、余計な事を言ったと恥ずかしくなった。
彼女達は師弟関係であり、少なくとも絵に関する事なら、お互いがお互いを一番よく知ってるんだと思う。
「私の用事はこれだけだよ。手間を取らせて悪かったね。暗くなる前にお帰り。ニーナによろしく言っておいてくれたまえ」
ホークは美術室のドアを開けて、みんなは外に出ていった。
でもロムは、出入り口で立ち止まってホークを振り返った。
「他に無いですか?」
ホークは、意味が分からないという風に眉をひそめた。さすがに言葉が少なすぎた。
「ニーナに、他に伝える事は無いですか?」
言ってしまってから、これも余計なお世話だったと思った。彼らは念話で、距離は関係なく会話ができるのに。わざわざ伝言なんて、意味がないのに。
「ごめんなさい……やっぱりいいです。必要ないですもんね……」
「そんな事はないよ。ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」
うつむいていた顔を上げると、ホークはとても穏やかな表情をしていた。
「そうだね……『心配をかけてごめん。私は大丈夫』と伝えてもらえるかな」
「は、はい! わかりました!」
「それと……」
ホークが近寄って来て、少しかがんでロムの耳元に口を寄せた。
「『愛してる』」
「えっ……」
ホークは身体を離し、唇に人差し指を当てた。
「最後のは、他の人には聞かれないようにしてほしいな」
それをニーナに伝えなきゃいけないのかと考えると、顔が赤くなった。自分では、まだ言ったことがない言葉だった。
いつか、アイラスにそう言いたいなと思った。
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