少年は少女に教えられた

 翌朝、少し元気になったコナーに、刀術を習いたいかどうか聞いてみた。嫌味を言われてわかりにくかったけれど、正式に稽古をつけてほしいと頼まれた。と思う。

 疲弊しきった時の方が、素直で可愛げがあったなと呆れた。


 とりあえず午前中、刀の持ち方を教えて素振りをしてもらったが、悪くはないと思った。少なくとも飲み込みは良い。




「悔しいけど、君、教えるのも上手いね~」

「コナーの覚えがいいからですよ」

「褒めても何も出ないよ~」


 そりゃあそうだろう。彼から返ってくるのは嫌味の言葉だけだ。

 逆に、その言葉はそっくりそのまま返したかった。彼が褒めてくるのには、何か魂胆でもあるんじゃないかと疑ってしまう。


「傭兵訓練学校の教官に、なりたいんだっけ~?」

「はい」

「実力は申し分ないし~教えるのも上手いし~。多分、大丈夫じゃないかな~」

「でも資格が……」

「Bランクだっけ~?」

「はい。よくご存じですね」

「叔父が務めてるからね~。あ、でもあの業界、コネは効かないから期待しないでね~」


 そんな事を考えたりはしない。そんな奴だと思われたのがおもしろくなくて、ロムは黙り込んだ。

 そんなロムの様子に気が付いたのかどうか。それはわからないが、少し笑って付け加えた。


「でも、入社試験で重視される要素とかは、教えることができるよ~。まあ成人しないと受験資格もないから、ランクの事も焦らなくていいんじゃないかな~」

「そうですね……ありがとうございます」




 午後になり、予定通りレヴィ、アドル、ザラム、アイラスと一緒に館を出た。

 アイラスは昨日の帰りと同じように、自分があげたショールを羽織ってくれていた。それだけの事が、とても嬉しかった。


「アイラス、そんなの持ってたっけか?」

「あ、ウン。エェト、これは、その……」

「昨日、ロムがプレゼントしたんでしょ? ほらここ。あのお店のマークが入ってる」

「へぇ。やるなぁ」

「最近、二人の雰囲気、変わったよね?」

「そーだな。なんかあったのか?」


 レヴィとアドルがどんどん会話を進め、アイラスが真っ赤になってアワアワしていた。ロム自身も恥ずかしくなり、もう勘弁してと言いかけた時、ザラムが間に割って入った。


「止めろ。アイラス、困ってる」

「お、おう。わりぃ」


 レヴィはすぐに謝ったが、アドルは不機嫌な顔で黙り込んでしまった。


 アイラスを助けるのは自分でありたかったし、アドルとザラムの溝が深まった気もした。なんでもっと早く止めようとしなかったのかと、激しく後悔した。


「アイラス、ごめんね……」

「エッ、ロム、悪くないヨ」

「そうだ。ロム、悪くない」


 その会話を、またアドルがチラチラ見ながら聞いていて、ロムは頭を抱えたくなった。




 レヴィが不動産と話をしている時も、サインを求められて記入している時も、ロムは半分上の空だった。


 全ての手続きが終わって、みんなで工房となる家を見に行く事になった。その移動中もロムの足取りは重く、一番最後を一人で歩いていた。


 そこへアイラスがやって来て、小声で話しかけてきた。


「ロムが気にしてるのは、アドルの事なノ? アドルがザラムを嫌ってるのが、気になるノ?」

「うん……よくわかったね」

「ロムってさ、自分の事で悩んでる時は、注意して見ないとわからないんだけど、他の事で悩んでる時は、わかりやすいんだよネ」

「えっ……そうなの?」

「ウン。自分の悩みは絶対、人に知られたくないって思ってるでしょ? 自分をさらけ出せないっていうか……」


 言われてみると、それは当てはまると思った。アイラスは、自分なんかより、ずっと大人なんだなと改めて感じた。


 だったら、ダメ元で聞いてみたくなった。


「アイラスは、どうしたらいいと思う?」

「う~ん、そうネ……。アドルは嫉妬してるんだよネ。ロムとザラムが仲良くしてると、友達を取られた気分になるんだと思うヨ」

「うん……そこまでは、俺にもわかるんだけど……」

「嫉妬する時ってネ、自分に自信がない時なんだヨ」

「……え?」


 アドルが自分に自信がない? 誰からも認められる王位後継者で、あんなにマイペースで、自信満々なのに。

 にわかには信じられなかった。


「自分とザラムを比べて、負けを感じてるノ。アドルが嫉妬してる時はネ、自分に価値がないと思って自分を責めて、自己嫌悪に陥ってると思うヨ」


 言葉が返せなかった。それは、自分が嫉妬を抱く時と全く同じだったから。


 自分がザラムやアドルより劣っていると思うから、アイラスと仲良く話す様子に嫉妬する。彼女にそういう意図はないだろうと思っても、自分に自信がないから嫉妬してしまうのだから。




「なる……ほど……」

「ロムは、どうすれば、いいと思う?」


 逆に質問された。ロムは改めて考えた。


「アドルが、自分の価値を信じられるようにする……?」

「そう。間違えちゃダメなのは、アドルが価値があると思っているのは、身分や容姿、実力じゃないからネ? そういうのなら、どう考えてもアドルが一番なんだから」

「うん……」

「アドルはネ、本当はわかってるノ。ザラムの素直なトコ、純粋で優しい心の事がネ。ザラムに無くて、アドルにある良さって何だと思う?」


 再び聞かれ、ロムはまた考え込んだ。


「空気を、読む……」

「そう。アドルはネ、周りをよく見てるノ。表層じゃなくて深層をネ。心の奥に潜む願いをくみ取ることができるんだヨ」

「え、じゃあ……」

「うん。ロムがアドルに、ザラムを嫌わないで欲しいと思ってる事にも、気づいてる。気づいていて、それができない自分を責めてるんだヨ」




 ロムは、前を歩く三人を見た。

 レヴィをはさんで両脇にアドルとザラムが居て、レヴィとアドルは楽しそうに会話をしている。ザラムは会話に加わっていないようだけど、優しい顔を向けていた。


 ザラムはアドルを嫌っていない。自分だけが、アドルを傷つけているのだとわかった。


「アドルの天然っぽさは、半分は演技なんだヨ。自分が狡猾で卑怯だと思ってるからなノ。そんな事、全然ないのにネ」


 アイラスの言葉には、彼の行動に当てはまる部分が多くあり、ロムは舌を巻いた。


「アイラスって、すごいなぁ……」

「エッ!? そ、そうかなぁ……」

「うん。ありがとう。おかげで、俺がどうすればいいか、何となく見えてきたよ」


 本当は、アイラスがザラムとアドルの橋渡しになってくれればと、他力本願に思っていた。

 でも、それじゃダメなんだ。自分が働きかけないと、アドルの心に平穏は来ない。




 目的地に着き、嬉しそうに振り返ったアドルを見て、強くそう思った。

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