秘密

少年は館に帰ってきた

 ロム達はニーナの館に戻ってきた。

 ただいまと言いながら部屋に入ると、空になったティーセットと皿を片付けるジョージしか居なかった。


「おかえりなさいませ」

「あれ? みんなはどこですか?」

「リンド様とトール様は、ニーナ様の自室にて勉学中です」


 リンドは宮廷魔術師の仕事を、トールは言霊の知識を教えてもらっているんだろうか。じゃあ、他のみんなは?


「その他の皆様は、裏庭の方に行かれました」

「何をしてるんですか?」

「コナー様がザラム様に刀術を習うそうで……」

「えっ、大丈夫……なんですか?」

「先程までは悲鳴が聞こえておりましたが、今は静かですね」


 悲鳴とか、ただ事じゃなさそうなのに、ジョージは他人事のように平然と答えた。


「俺、ちょっと見てきます!」

「あっ、私も行く!」




 時々後ろを追いかけてくるアイラスを確認しながら、裏庭に出た。そこにはレヴィ、アドルと、それぞれ木刀を持ったコナーとザラムが居た。

 ただ、コナーは地面に座り込んで息を切らせ、ザラムは平然な顔で立っていた。


 ザラムは振り返りもせずに言った。


「こいつ、本当、護衛?」

「ザラム! コナーは刀術を全然知らないんだよ! いきなり打ち稽古なんかしたらだめだよ」


 ロムはコナーに駆け寄った。ザラムの顔をうかがうと、おもしろくなさそうにふてくされていた。




「大丈夫ですか?」

「やっぱり、君の、方が、いいなぁ~……」

「冗談を言う元気はありますね。でも今日は、もう止めておきましょう」


 ロムはコナーに肩を貸し、共に立ち上がった。


「もー、二人とも見てないで止めてよ」

「いやぁ、おもしろそうだったんでな」

「ごめんごめん」


 二人とも、全然悪いと思っていない顔で答えていた。ザラムの強さを考えると、さすがのロムもコナーに同情した。

 教えてもらうと言い出したのはコナーなんだろうか。もしかして最初は、自分に教えてもらうのが嫌で、それでザラムに頼んだんだろうか。




 部屋に戻ると、ロムとアイラスの分のお茶とお菓子が用意されていた。

 それを食べていると、レヴィが話しかけてきた。


「明日からロムが稽古つけてやんのか?」

「コナーがそれを望むなら……」


 ソファに横たわるコナーをちらっと見たけれど、まだ話す元気は無さそうだった。


「それにしたって一日中やるわけじゃないだろ? 手が空いたら工房の契約について来てくれねぇか? お前のサインが必要だからさ」

「どこにするか決めたの?」

「下見した時に大体決めてたんだよ。早いとこ手付金払っとかないと、お金が取られちまうだろ」


「僕も一緒に行っていいですか?」


 アドルが目をキラキラさせて会話に入ってきた。


「いやだめだ。ここからそんなに護衛を減らすわけにはいかねえ」

「だったらアイラスも一緒に行こうよ」

「うん! それなら、ザラムも一緒に行かない?」

「行く。ここ、退屈」


 ザラムの返事を聞いてから、アイラスがロムをちらっと見た。その視線で、ロムはザラムを見張る話を思い出した。

 レヴィは、ジョージがいるからザラムを残しても良いと考えたのかもしれない。でもロムとしては、その役割は自分が担いたかった。


 アドルはザラムの返事を聞いて、おもしろくなさそうな顔になっていた。アドルがザラムを嫌うのが自分のせいと考えるのは、少し自意識過剰かもしれない。それでも、原因の一つではあるだろう。

 ザラムは悪くないのに嫌われるのは不条理すぎるので、何とかしたかった。もっとも、彼自身は気にしないのだろうけど。




「……となると、ここで守らなきゃいけないのは、リンドとトールだけになんのか。それなら負担も少ねぇかな」

「やった! 明日、楽しみだネ!」


 アイラスは心の底から嬉しそうに笑っている。彼女はザラムを嫌っていない。大人達は疑いを持っていると思う。トールはどうなんだろう。

 自分がザラムをかばってもアドルには逆効果だから、彼女がザラムとアドルの橋渡しになってくれればいいのになぁと、ぼんやり考えていた。


「遊びに行くんじゃねぇんだぞ」


 レヴィは呆れたようにそう言ったけれど、楽しそうに笑ってもいた。

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