少年は信じたい

「どういう事じゃ……?」

「それはもちろん、ゴーレムを使う必要がなくなったからでしょうね。なぜ必要がなくなったのかしら?」


 アイラスも身体を離し、涙を拭いて考えこんでいた。

 ロムは抱擁から解放されて、安心したような残念なような気分だった。いや、みんなが真面目な顔をしているのに、自分だけ何を考えてるんだろう。




「ゴーレムは、ニーナを足止めするために呼ばれたんだよな? ニーナを足止めしたかったのは、ニーナ以外の強い魔法使い……『神の子』を捜すため、なんだよな?」

「推測だけどね」

「白い悪魔が出たから、危ないと思って諦めちゃったのかナ?」

「いや、それは流石にないであろう……」




「……トールの事が、バレたのかしらね」


 ニーナの言葉に、全員がはっとなった。


「物見塔で、トールは白虎の姿になったよネ……あの時、誰かに見られてた?」

「いや、他に人の気配はなかったよ……すごく遠くから見られてたら、わからないけど……」


 あの時、おじさんとザラムに知られた。おじさんは、記憶を消された。




 ――でも、ザラムは。




 自分の中に沸いた疑惑に嫌悪感を抱き、ロムは首を横に振った。


「あの時、二人がトールの正体を知ったけれど、ザラムの記憶は消せなかった……誓いを立てられると、私も手が出せないのよね……」

「ニーナは、ザラムの記憶を消したかったんですか……?」

「……いえ、そういうわけでは、ないのだけど……」

「ニーナは、ザラムを疑ってるんですか!?」


 ロムは思わず叫んだ。

 自分の事を棚に上げていると思った。今だけでなく過去にも、ザラムを怪しいと思った事があるのだから。

 それでも今は、彼の素直で優しい性格を知って、ようやく友達と思えるようになったのに。

 彼を疑うのは嫌だ。疑ってしまっている自分が嫌だった。




「ロム、落ち着けよ。何もニーナは、ザラムに悪意があるとは言ってねえ。考えても見ろよ。誰も傷つけないゴーレムだったんだろ? なんとなくザラムっぽくないか?」


 そう言われると、否定できなかった。それでも、ロムはもう一度首を横に振った。すがるようにニーナを見た。


「で、でも……ザラムは魔力が低くて、魔法が苦手なんですよね? ゴーレムなんて、呼べるんですか?」

「核さえあれば、できなくはないわ。でも、あのゴーレムにかけられていた魔法は……ちょっと彼には使えそうにないわね」

「それに、あやつがわしの事を知ったのは昨夜であろう? その後、わしらと共に帰り、そのまま寝室に入り、朝まで一緒であった。街中の核を回収する暇なぞ無いように思うが……」

「でしょ!?」




「でもね、ロム。彼の目的はトールと同じなのよ」

「……え?」

「この間、ザラムに請われた知識があると言ったわよね? それは魂を捜す魔法なの。彼、誰か大切な人を亡くしているみたいね。その魂を捜したいようなの。私はその魔法を知らないから……」


 ホークも言っていた。彼には何か目的があるのだと。その目的が魂を捜す魔法であり、それを知る者を見つける事なんだろうか。


「ニーナが知らなかったから、別の『神の子』か『知識の子』を捜してんのか?」


 じゃあ、ゴーレムと同時に現れたあの刀は? アイラスの命を一度は奪った、あの妖刀は?

 自分の考えに、自分でぞっとした。


 ニーナが同じ事を口にした。


「妖刀は、どうなのかしら……」

「そんな……そんなわけ、ない……」

「あの刀は、シンの物なんだろ? ザラムはシンの出身なんだろ?」


 やめて。それ以上聞きたくない。どうしてザラムの話ばかりするんだ。彼以外が犯人かもしれないじゃないか。

 ロムはその事を、自分自身が一番信じたかった。




「じゃが、あの時のザラムは、本気でアイラスを心配し、本気で助けたいと願っておったぞ?」

「そう……そう、だよね!?」

「それは俺も思う。もし、あの刀を用意したのがザラムだったとしても、不本意の事態だったんじゃねえか?」

「で、でも、ザラムには、あの刀は持てないでしょ!?」

「そうなのよ。彼が怪しいとは思うのだけど、彼にはできない事が多すぎるの」

「……誰かが、ザラムを手助けしてんのか?」


 ふと思いついたようなレヴィの言葉に、ニーナはわかっていたかのように頷いた。彼女は一体どこまで予測しているんだろう。


「もしくは、彼を利用している者が居るのかもしれないわ……彼の願いに付け込んでね」


 それならば、あり得るかもしれない。自分なんかに比べて、ザラムの心は純粋で綺麗だから。




「その事で、ロムとレヴィに頼みたい事があって呼んだのよ。ザラムと、その周囲を見張ってほしいの」

「あいつ自身と、あいつに接触しようとする者が居ないか……って事だな?」

「そう。彼もただの魔法使いで、一人にしてはならないというルールに当てはまるのだから、あなた達のどちらかが一緒に居ても、不自然ではないでしょう?」

「念話は大丈夫なんだな?」

「そこは心配しないで。私が監視しきれないのは、直接会ったり、手紙等を通じて連絡を取られる事なの。だから、お願いね?」


 レヴィはすぐに頷いたが、ロムは答えられなかった。


「……そのために、ザラムを護衛役にしなかったんですか?」

「そうね。……もちろん、彼が優しすぎるという点も考慮したわ。彼には白い悪魔を殺す事はできないでしょう。そのせいで別の誰かが命を落としたら、彼自身も傷ついてしまう」




「わかり、ました……」


 長い沈黙の後、ロムは絞り出すように答えた。彼を疑ってじゃない。彼を守るために見張るんだ。そう、自分で自分に言い聞かせた。


 握りしめた手を、アイラスの手がそっと包んできた。顔を上げると、彼女はにっこり微笑んだ。その笑顔には迷いがなく、ロムは自分の心だけが酷く汚れているように思えた。


「アイラスは、ザラムが関係ないって、信じてるの?」

「それは、ちょっと違うかな……。私が信じてるのは、ザラムの行動じゃない。ザラムの気持ちを信じてるノ。もしザラムが妖刀に関係してたなら、多分……ううん、きっと、傷ついていると思う」


 ロムは目を閉じてザラムの事を考えた。


 まだ知り合って一週間ほどしか経っていない。短い間だけど、彼が自分の心を隠そうとしたことはなかった。だからこそ、友達を作るのが苦手なロムでも、友達と思えるようになったんだと思う。

 正直で、優しくて、傷つきやすい。悟った大人のような顔をするくせに、幼い子供のように純粋な彼だからこそ。




 再び目を開けると、迷いは消え去っていた。

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