少年の友達
「アイラスも気を付けてね」
「エッ、私?」
「ザラムの周りに誰かの影があるとしても、犯人が別に居るとしても、その目的がわからないわ。『知識の子』を狙っている可能性も大いにあるの。魔法の練習をするのは構わないけれど、人前では止めておいてね。もちろん、ザラムに例の魔法を教えるのもダメよ?」
「エッ……うん……わかった……」
アイラスは明らかに落胆していた。
彼女はザラムにも知識を伝えたいと思っていたんだろう。彼に罪があろうとなかろうと、それは彼女には関係ないのだと思う。行動ではなく気持ちを信じているというのは、こういう事なんだなと思った。
「大体、アイラスの『知識』は、トールにしか教えちゃだめなんじゃねえのか?」
「う~ん、その辺りは曖昧なのよね……。『知識の子』本人が必要と判断して、いくつか教えるの事はあるの。私だって、魔法使いの前で魔法を使う事は、教える事と同義なわけだし……」
「もしザラムに聞かれた時に知ってたら、教えてたんですか?」
「そうね……危険ではなさそうだし、彼に悪意がなく、知りたい魔法がそれ一つだけなら、教えていたかもしれないわ。今、アイラスに秘密にさせるのは、彼女自身を守るためよ」
「じゃあ、私からニーナやトールに教えて、それから……」
「アイラス」
ニーナのたしなめるような声に、アイラスは動きを止めた。
「そういう事は、あなたが自由に魔法を使えるようになってから、考えましょうね」
「ハイ……」
さあ、と言ってニーナが立ち上がった。
「話はこれで終わりよ。この部屋を出たら、もうこの話はしないでね。どこで誰が聞いているか、わからないのだから」
「俺達の他は、誰も知らねえのか?」
「リサ、ケヴィン、ジョージが知ってるわ。彼らにも見張りを頼んでいるの。でもザラムと親しいあなた達の方が、彼のそばに居ることが多いでしょう?」
あの三人はどんな思いでザラムを見るんだろう。彼の性格を知らないのなら、疑いだけを持っているのかもしれない。それはなんだか、ロムには嬉しくなかった。
彼を見張る必要があるのなら、それは常に自分でありたかった。
部屋に戻ると、またアドルが嬉しそうな顔で迎えた。
「遅かったね! 何の話だったの?」
「ちょっと雑用を頼まれただけだ。アドルには関係ねえ」
突き放すような言い方にもめげず、アドルはレヴィにまとわりついていた。以前より一段と図太くなっているように思う。
「雑用、何? 手伝う?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
声をかけてくれたザラムに、笑顔で答えた。
笑いかける事ができたのは、アイラスのおかげだと思う。彼女の考えを聞いていなかったら、今こんなに落ち着いて話せなかっただろう。
逆にザラムは、どこか落ち着かない様子だった。すっとロムに近づき、小声で話しかけてきた。
「あいつ、アドル? レヴィの……?」
「あ、うん。そうだよ。レヴィの事が好きなアドルだよ。レヴィは断ってるみたいなんだけど、諦めてないんだよなぁ。強いよね」
ロムもひそひそ声で答えて、苦笑した。ザラムも少し笑っていた。
「自己紹介とかしたの?」
「名前、聞いた。騎士見習い」
「そう聞いたんだ?」
「何?」
本当のアドルの事は、秘密にした方がいいんだろうか。建前上は護衛に志願した騎士見習いという事になっている。
でも口止めはされていない。それにザラム以外の全員が、彼がこの国の皇子だと知っている。ザラムにだけ秘密にするのは、仲間外れみたいで嫌だった。
「アドルっていうのはね、偽名なんだ。本当の名前はアークっていうんだよ。アーク・マクライアン」
そこまで言っても、ザラムはぴんとこないようだった。この国に来たばかりで、皇子の名前なんて知らないのかもしれない。興味もなさそうに思える。自分もそうだった。そういうところも似てるんだと思うとおかしかった。
「この国の第二皇子なんだよ。でも第一皇子は亡くなってるから、事実上は王位の第一後継者なんだ」
「へえ……だから、結婚、無理か」
「うん」
ザラムとずっと話していたら、その様子を見ていたアドルにジト目で睨まれた。
「ロムとザラムは、随分と仲がいいんだね……」
その妬みは想定外なんだけど。
「そうかなぁ……普通の友達だと思うけどな」
「僕が、ロムの一番の友達だと思ってたんだけどなぁ」
「えっ、それならどっちも違うよ。一番はアイラスだし」
「エッ」
急に名前を出したので、アイラスが驚いて声を上げた。
友達というのは違っただろうか。でも恋人とはいうのは恥ずかしい。いや、いいのかな。どうだろう。自分では判断できなかった。
アイラスは嬉しそうに、照れくさそうに頭をかいていた。彼女が喜んでくれるなら、それでいいかなと思う。
「アイラスだったら、敵わないなぁ……」
苦笑するアドルを見て、また視線を隣に向けた。
たった今まで、隣に居たザラムが居なくなっていた。
「あれ!? ザラムは!?」
あわてて部屋を見回した。ロムの声を聞いて、レヴィも同様にキョロキョロしていた。
「ザラムなら、たった今、部屋を出て行ったよ~」
「見てたんなら止めて下さいよ! コナーだって護衛でしょう!?」
「え~でも彼、強いじゃん~」
強くても、ダメなんだよ! 心の中で悪態をつきながら、ロムは部屋を飛び出した。
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