少年は秘密の話を聞いた
四人がニーナの部屋に入ると、そこは他より一段暗かった。
その中で、ニーナが怖い顔で机についていた。思わず背筋が伸びた。
確かこの部屋には魔法がかかっていて、他には音が聞こえない、透視もできない、念話も届かないという話だった。わざわざここに呼びつけて、何の話なんだろう。
「トール」
凛とした声で呼ばれ、トールがびくっと震えた。怯えて耳が垂れ下がっている。彼にとっては白い悪魔より怖そうだ。
「言わなくてもわかってるでしょうけど、再び白い悪魔が現れたら、必ずあなたを狙ってくるわ。だからあなたには、私の知識を授けておこうと思うの。アイラス、それを許してくれるかしら?」
「エッ、許すも何も……エェト、そもそも、なんで、私に聞くノ?」
アイラスは急に話を振られ、意味がわからない様子で戸惑っていた。ロムも同じように不思議に思った。なぜ彼女の許可が必要なんだろう。
「トールの知識は、本来なら彼の『知識の子』であるアイラスから与えられなければならないの」
「どうして……?」
「全ての『神の子』に『知識の子』が遣わされるわけではないのよ。おそらく、知識を得る資格を得た者にのみ遣わされる。だから『神の子』から『神の子』へ知識を渡す事はタブーとされているの。渡される相手に資格があるとは限らないものね」
「資格って……どんな?」
「それは私達にはわからない。でもトールの元には、すでにあなたが来ている。だから資格はあるの。あなたに渡す力がないから渡せていないだけ。だから私から、私の知る知識だけでも渡しておこうと思うのよ。彼自身を守るためにね」
最も、といってニーナは寂しそうに笑った。
「トールが一番知りたい魔法は、私は知らないのだけどね」
それは、魂を捜す魔法だろうか。以前トールは、名づけ親の魂を捜したいと言っていた。
トールの顔を見たが、珍しく感情が読み取れなかった。思った事はすぐ顔に出るはずなのに。この事について、特に何も感じないんだろうか。
「だからアイラス。許してくれる?」
「そ、それはもちろん、いいけど……でも、あの……」
「何かしら?」
「ニーナは前に、私が私の魔力で魔法を使う方法があるって言ってたよネ? それは教えてもらえないノ? そうしたら私から、トールが一番知りたい魔法も教えられるし……」
「ええ、もちろん。そのつもりよ。そうね……今から教えるわ」
アイラスは嬉しそうにトールの顔を見たが、彼自身は困ったように笑っていた。ロムには、それはあまり嬉しくなさそうに見えた。アイラスは気づいていないんだろうか。
「そんなに難しい事ではないわ。魔法を施行する言霊を長くすればいいだけなの。言霊そのものにも、魔力が宿っているのよ。そうね……」
ニーナは立ち上がり、両手を胸の高さまで上げた。そして短く言霊を唱え、右手に小さな炎が灯った。それから少し長い言霊を唱え、左手に蒼く美しい炎が灯った。
「こちらの赤い炎は、ただ火を灯しただけ。こっちの蒼い炎は、色合いを細かく指定したの。蒼い炎の方が、消費した魔力は少ないのよ」
そう言ってニーナは開いた両手を握りしめ、二つの炎はかき消えた。
「ただし、言霊を中断すると魔法が自分に返ってくる。その事は知っているわよね? それを長くするのだから、言い損なわないようにだけ気を付けて。大きな力を使おうとしたら、ただでさえ長い言霊をもっと長くしなくてはならない。最初は小さな力を長い言霊にする感じかしら? 少しずつ試してみて頂戴」
ニーナは自分の机の引き出しを開け、小さな布の袋を取り出した。
「念のため魔力回復薬を渡しておくわ。無くなったら言ってね」
袋を渡されたアイラスが口紐を緩めて中をのぞくと、小さな紙の包みがたくさん入っていた。飴玉のようだなと思った。
「あなたの魔力は総量が少ないのだから、小さく作ったの。1粒ずつ飲んでね」
アイラスは嬉しそうに頷いた。
「これで私にも魔法が普通に使えるようになったら、トールの魔力を抑える事もできるようになるよネ!」
昨日の夜、アイラスが思いついた方法だ。
あの後の事を思い出して、顔が赤くなるのがわかった。彼女の方から口づけてきたのは、初めての事だったから。
ロムの様子に気づいた人は誰も居らず、他の三人はアイラスの方を向いていた。
「どういう事じゃ?」
「だって、トールの魔力が高いから、白い悪魔の標的になっちゃうんでしょ? それを抑えたら、狙われなくなるんじゃないノ? 私、その魔法を知って……」
「ダメよ」
アイラスのセリフが終わる前に、ニーナが遮るように言った。言葉は強く、有無を言わせぬ力があった。
「な、なんで?」
「それなら私も知っている。でもその魔法は危険なの。それを使うと、本当に魔力が低くなってしまうの。見せかけるだけじゃなくて、その魔法が効いている間は、実際に弱くなってしまうのよ。今の彼の知識では、魔力が低くなるとその分弱くなってしまう。逆に危険だわ……」
「でも、じゃあ、トールはずっと狙われちゃう……」
「いや、逆にその方がいいんじゃ。現れたら必ずわしの元に来るのなら、他の者が襲われる危険が下がるからの」
「それって、囮ってことじゃないノ!?」
「それで良いのじゃよ」
「そんな、そんなのって……」
アイラスの目に涙が浮かんできた。それがこぼれる前に、ロムはアイラスの肩をつかんだ。
「大丈夫。だから、俺達が守るんだ。アイラスは、俺やレヴィが信じられない?」
アイラスは首を横に振った。強く振ったので、溜まっていた涙がこぼれてしまった。それを指ですくい、もう一度強く言った。
「絶対、大丈夫。アイラスも、トールも、絶対守るから」
「うん……」
アイラスが、ロムの胸に顔をうずめて抱きついてきた。想定外の事に硬直した。別にそんなつもりじゃなかったんだけど。
周りを見ると、三人共あ~あとでも言うような顔をしている。
アイラスを見下ろすと、すすり泣くような声が聞こえてきて、今は引きはがすわけにはいかなかった。仕方なく肩を抱き、慰めるように背中をさすった。
恥ずかしくて、誤魔化すように言った。
「あ、あの……それで、話は終わりですか? トールとアイラスの話だけなら、俺とレヴィは、なんで一緒に呼ばれたんですか?」
「ええ……もちろん、他に理由があったから呼んだのよ」
ニーナは難しい顔をして椅子に腰を下ろし、ため息をついた。
「妖刀の事件があった時に、ゴーレムが現れた話はしたわよね? あれから街中を調べさせたら、核が多数見つかっていたの。ゴーレムの元となるものよ。私はそれを、場所だけ把握して放置していたの」
「泳がせてたって事か?」
「……それに何か変化があったんですか?」
「ええ……今朝になって、その中の一つが消えていた。だから、他の場所も調べさせたの。そうしたら……」
そこで一旦言葉を切った。トールが引きつった笑いを浮かべた。
「なんじゃ、もったいぶりおって……」
「……全部、消えていたの」
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