少女は寝坊した
「魔法使いが白い悪魔になると、魔法使いじゃなくなるの?」
「その言い方は少し違うわね。翼が魔力の源のようだから、そこに吸い取られるのだと思うわ。そして、人に戻るために翼を斬り落としたから……」
「魔法使いは皆、同じようになるのかのう……」
「ちょっと、物騒な事を考えないでよね?」
トールは返事をせず、バツが悪そうな顔でそっぽを向いた。
物騒な事って何だろう。トールは魔法使いをやめたいんだろうか。いや、永遠の命が要らないのかもしれない。自分だけ長く生きるのが辛いという意味の事を、以前言っていた気がする。
それが目的だとしても、トールが白い悪魔に変わることを想像するのは、アイラスには恐ろしすぎた。ニーナの言う通り、物騒な事は考えないでほしい。
ザラムがため息をついた。
「オレの、せい……」
「んなわけねえだろ。近づいたのは俺だ」
おじさんはザラムの頭に手をのせ、がしがしと乱暴になでた。
「無くなっちまったモンはしょうがねえさ。魔法は連絡にしか使ってなかったし、受信側の方もくたばっちまったみたいだから、魔法を使わない連絡方法を考えなきゃと思ってたんだ」
それは宮廷魔術師の事だろうか。随分と軽く言っていて、アイラスは少し嫌な気分になった。
もしかしたら、わざとそう言ってるのかもしれない。自分の事は心配するなという意味かもしれない。
そうでなくても、みんな暗い表情をしている。特にザラムは、自分のせいだと思っている。それを気遣っているのかもしれない。
そのザラムに、おじさんが話しかけた。
「また来いよ?」
ザラムは顔を上げて、何か言いかけたが何も言わなかった。ただ、頷いただけだった。
「ザラムは毎日、ここに何しに来てたの?」
「塔、上る」
「見えないのに?」
「風、気持ちいい」
「そっか……また今度、一緒に来ようね。俺もここ、好きなんだ」
ロムに誘われたザラムは、少し微笑んで頷いた。その笑顔は、いつもの大人っぽい雰囲気に戻っていた。
帰りは、また森を下って外壁の上まで登ることになった。ニーナの転移装置から館に戻るらしい。あの装置は、館から装置まで、装置から館まで転移させてくれる仕組みのようだった。
ニーナだけなら、どこからどこへでも飛べるらしいが、人数が多いと面倒だからと言われ、装置まで歩いていた。
普段からは考えられないくらい夜更かしなので、アイラスは半分寝ながら歩いていた。何度もつまづいてはロムに支えられていたので、塔が見えなくなってから白虎の背に乗せてもらった。辛そうに歩いていたザラムも一緒に乗り、その背中に身体を預けて寝てしまった。
次に気がついたのは、寝室のベッドの中だった。
「お、やっと起きたか」
枕元にレヴィが座っていた。スケッチブックを持って何かを描いている。この期に及んで、まだ売る春画を描いているのだとわかり、彼女のたくましさに感心した。
窓を見ると、外はすでに明るかった。今は何時だろう。随分と朝寝坊をしてしまった気がする。
「おはよう。私が起きるの、待ってたノ?」
「待っていたというか、お前を一人にするわけにはいかねえからな」
そう言ってレヴィは、アイラスが起きるまでに決まった事を教えてくれた。
結局アイラス達は、しばらくニーナの館で暮らす事になった。荷物はロムとレヴィで取りに行ってくれたそうだ。
レヴィも工房のドアが壊れたし、近々引っ越す予定なのだから、貴重品だけここに運んだらしい。
物見塔での出来事によって白い悪魔の情報が増え、安全に過ごすためのルールが決められていた。
一人で対処できない魔法使いと使い魔は、基本的に単独行動は禁止となった。特にトールは二名以上の護衛を付ける事が課せられた。護衛に該当するのはレヴィとロムの他、ニーナの使い魔の中に何人か居た。
ザラムも、殺さなくていい方法がわかったので、護衛役もできると言ったらしいが、ニーナは渋い顔をして首を縦に振らなかったそうだ。
アイラスは説明を聞きながら、サイドテーブルに用意されていた服を手に取った。保護区の物ではない、かわいらしいフリルの付いたワンピース。アイラスが未だかつて着た事がないような代物だった。
汚したらどうしようと思いながら袖を通した。朝食は気を付けて食べなければならない。
「似合うじゃねえか。ロムが喜びそうだな」
からかうように笑うレヴィをにらみつけた時、その腰に剣を帯びている事に気が付いた。アイラスは不思議に思って聞いてみた。
「館の中でも危険なノ?」
「白い裂け目が、屋外にだけ出るとは限らねえだろ? 宮廷魔術師が襲われた時は、城内にそれが出たんじゃないかって話だしな。近づかなきゃいいんだが、結構広範囲を引っ張り込むらしいじゃねえか」
「私達も、裂け目に取り込まれたら変わっちゃうんだよネ……気を付けなきゃネ」
「ザラムが言うには、魔法使いなら裂け目も悪魔も気配を察知できるって話だ。警戒するにこしたことはないが、そんなに怯える必要はねえぞ。ロムが服を買いに行きたいって言ってたから、明日にでも一緒に行ってきたらどうだ?」
「服って……」
言いかけて、思い出した。武術大会でもらったチケットだ。王家ご用達の服飾店で、一着仕立ててもらえるらしい。ロムは一度アイラスにそれをくれたのだけど、突き返したら諦めて自分のを買う気になったようだった。選ぶのを手伝ってほしいと頼まれていた。
明日行くのだとしたら、今日はきりの良いところまで絵を進めておきたかった。
「今、何時? 私の朝ご飯ある? お腹空いた!」
「朝飯って……もうすぐ昼だぞ」
「えぇっ……」
がっくりとうなだれると、レヴィが少し心配そうに顔をのぞきこんできた。
「何かしたい事でもあったのか?」
「明日出かけるなら、今日できるだけ絵を進めておこうと思ったのに……もうお昼なんて……」
「事態が事態だから、今更急がなくてもいいだろ。今日は例の騎士団長が来るらしいから、話してみたらどうだ?」
「グリフィスさんが? 何の用で? 催促しに来るんじゃ……」
「んなわけあるか。騎士団から護衛を何名か、まわしてくれるらしい」
この時のアイラスは、どんな人が来るんだろうと思いを巡らせたけれど、見知った顔が来るとは予想だにしていなかった。
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