新しい生活

少年は引っ越した

 結局、ロム達はニーナの館で暮らす事になった。

 それがいつまでなのかはわからない。白い悪魔の事が詳細にわからないと、ニーナも判断できないようだった。


 今朝は早くから、保護区に荷物を取りに行ったりとバタバタしていた。ようやく片付けまで終わって時計を見ると、もうお昼前だった。


 それなのに、アイラスはまだ起きてこなかった。今はレヴィがついているから大丈夫なのだけど、なんとなく落ち着かなかった。動き回っていた時は気にならなかったのに、じっとしていると考えすぎてしまう。




 いくら気になっても、寝ている女の子のところに行くわけにはいかない。いや、二度も一緒の部屋で寝ているのだから、今更なんだろうか。いやいや、今彼女が寝ているのは女性用の寝室なんだからダメだろう。いや待て、トールは昨夜入って寝ていたじゃないか。ずるい。


 考えが行ったり来たりして、やっぱり落ち着かなかった。

 早く起きてこないかな、お昼ご飯は一緒に食べられるだろうか。そんな事を考えていたら、ようやく廊下からレヴィと話す声と足音が聞こえてきた。




 部屋のドアが開いてレヴィが入ってきたのに、アイラスが入ってこなかった。


「アイラスはどうしたのじゃ? 共におらぬとダメであろうが」


 いや、居ないわけがない。声も足音も聞こえたんだから。


「居るぞ、そこに。早く入って来いよ」

「うん……」


 アイラスが、ドアから顔だけのぞかせた。


「お、おはよう……もう、お昼だけど……」

「おはよう。そんな事気にしてたの? 昨日は遅かったんだから仕方ないよ」

「でも、みんなは起きてたみたいだし……」

「おぬしが一番幼いのじゃからな。一番寝ないといかんぞ」

「とにかく入れって」


 レヴィにぐいと腕を引っ張られて、アイラスが転びそうになりながら部屋に入ってきた。




 彼女は、ロムが今まで見た事のない白い清楚な服を着ていた。いつもよりスカートが軽くふんわりと揺れて、裾からレースがのぞいていた。胸元にもレースがあしらってあって、パフ・スリーブも可愛い。


 ロムはしばらく見惚れて動けなかった。ザラムは、いつもと違うアイラスがわからないせいか、不思議そうに聞いてきた。


「ロム、どうした? アイラス、変?」

「エッ? 変?」

「えっ。そ、そんなことないよ! か、可愛いよ……」

「あっ、ハイ……。ありがとう……」

「あ~あ……ごちそうさま、だな」

「昼飯、これから」

「そういう意味じゃねえよ」




 アイラスは恥ずかしいのか、誤魔化すように部屋を見回して言った。


「リンドはどこに居るノ? ニーナは自分の部屋なのかな?」

「二人は葬式に行っておる。午後には戻って来よう」

「あ、宮廷魔術師の……」


 アイラスが暗い顔でうつむいた時、また廊下を歩く音が聞こえた。この足音は聞いた事がない。ロムがまだ会った事のない人のように思えた。




 ドアをノックして入ってきたメイドは、今まで見た事のない女性だった。使い魔ではなさそうに思う。


「いつもの猫さんはどうしたノ?」

「あやつは夜間の護衛担当になったからのう、今は寝ておると思うぞ」


 トールが女性の顔を見ながら答えると、女性は優しそうに微笑みながら頷いた。

 彼はこの人を知ってるんだなと安心したけれど、疑い深くなっている自分に気づいて申し訳なく思った。


 夜間の護衛と聞いたせいか、心配そうな顔をしたアイラスに、女性はさらににっこり笑って答えた。


「元々夜行性ですから、負担ではありませんよ。それより、お食事の支度ができました」

「わ、私、このまま食べなきゃダメですか? こんな真っ白の服、汚したら悪いし……昨日来てた服はどこにあるんですか?」

「あちらは今、お洗濯していますから。そのままお召し上がり下さい。もし汚してしまっても、お気になさらなくて結構ですよ」

「いえ……気を付けて、食べます……」




 食堂の入口で短刀を預けていると、アイラスが隣に来た。

 ふわふわの袖口を汚したくないのか、腕まくりしている。ただの食事なのに、これから一仕事するかのように見えて、なんだかおかしくて可愛かった。


「短刀、持ってきたんだネ」

「うん。刀、使えるようになったから。色々心配かけてごめんね」

「ううん、良かったネ!」

「ありがとう。必要な時になったら使えるって、言われてたんだ。全然実感なかったけど、昨日はやるしかないって思ったら、怖かった気持ちもどっかにいっちゃった」


 アイラスは自分の事のように喜んでいる。それがロムには、とても嬉しかった。




 午後になって、葬式から帰ってきたニーナとリンドと一緒に、騎士団長と背の低い騎士が二人居た。ニーナ以外の全員が、書類の山を持っている。


 門にはいつもの狼ではなく初老の執事が迎えに出ていて、赤い髪の騎士が手に持った書類を渡していた。

 あの人も騎士、なんだよな? 窓から遠目に見て、ロムは思った。自分が持っているのと同じ騎士の実務服を着ているので、そうなのだろう。後ろ向きなので顔が見えないけれど、あの髪の色には見覚えがあった。


 かなり距離があるのに、その騎士が振り向いて手を振ってきた。真っすぐこちらを向くと、遠目でも誰だかわかった。




 アドルだった。

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