少女は亡国の最期を聞いた
「え……」
ザラムが顔面蒼白になり、元々白い顔がさらに白くなった。
「人の、気配じゃ、なかった……」
「最初は、悪魔のような姿だった……。でも死んでから、変わったノ……」
「シンではどうだったのじゃ?」
「死んだ後、わからない……たくさん、殺した……。人、だった、のか……」
彼は、人を殺めた事にショックを受けているようだった。
ザラムが持っていた刀が滑り落ち、大きな音を立てた。彼はびくっと震え、かがみこんで刀を掴んだが、そのまま立ち上がれなかった。
アイラスはかける言葉が見つからず、そばにしゃがんで背中をさすった。ザラムの身体も自分の手も震えていた。
「アイラス!」
聞きなれた声に振り向くと、ロムが息を切らせて走ってきていた。顔を見ると深く安堵した。
立ち上がって走ろうと思ったが、足がもつれて転びそうになり、ロムに抱きとめられた。そのまましがみつくように抱きつき、心臓の音を聞くと、身体の震えが止まった。
「何があったの? 大丈夫?」
「大丈夫……ザラムが、守ってくれたから……」
それからすぐ、レヴィとニーナもやってきた。ニーナも息を切らせていた。
レヴィが血だらけで倒れた女を見つけて口元を押さえた。
「ひっでえな……。何があった? 入口もぶっ壊れてるじゃねえか。これから寒くなるっつーのに……」
誤解があると思い、あわててアイラスはロムから離れ、説明した。
「そ、その人がね、やったノ……。最初は、人の姿じゃなかったノ! 悪魔……白い悪魔みたいな姿で、トールを狙って……。ザラムが斬って、死んだら、人になったノ……どういう事なのか、わからない……」
「トールを狙った? 偶然かしら……?」
しゃがみこんでいたザラムが顔を上げた。表情はまだ辛そうだった。
「偶然、違う……。そいつ、魔法使い、狙う。より魔力が、強い者を……」
「お前、その白い悪魔とやらを知ってんのか?」
「シン、滅ぼした」
「シンを……? ロムも見たことあんのか?」
ロムは驚いた顔のまま、首を横に振った。
「……さっぱりわからないわ。順を追って説明して頂戴。今ここで起きた事。それからシンが滅亡した時の事もね」
「今起きた事は、わしが説明しよう」
トールが襲われた経緯を話した。それが終わると、ロムとザラムが時々確認し合いながら、シンの滅亡について話し始めた。
ロムと話す事によって、ザラムの顔色が戻った気がして、アイラスは胸を撫で下ろした。
一昨年の春、シンでは魔法に頼った戦が起きていた。国内は西と東に分かれて戦っていた。ザラムは東で魔法軍に加わり、ロムは西に所属して東に与する魔法使いの暗殺を行っていた。
そいつ……白い悪魔は突然、戦場に大量に湧いた。現れたそばから人を食い散らかし、どこが発生源なのか調べる余裕はなかった。
悪魔が最も優先して食していたのは、その場に居た魔法使いで、魔力の強い者から順に襲われた。だから時間が経てば経つほど戦力はそがれていき、反撃はかなわなかった。
魔法使いが居なくなると、大人が襲われた。大人が居なくなると次は子供と老人だったが、そこまでくると積極的には追ってこなかった。
ザラムは魔力が低く幼かったせいか、それほど狙われなかったらしい。他の魔法使いが居なくなってからは多少追われたが、さばききれないほどではなかった。
そしてある時から急に、悪魔達は同じ方向を目指して移動を始めた。『神の子』が現れたせいだと思われた。
ロムは戦線には加わっておらず、味方の狼煙を見ていち早く逃げていた。逃げる途中で島を沈めると言う『神の子』とすれ違った。一族の待ち合わせ場所には行かず港へ向かったが、母に見つかった。そして彼女を殺し、一人で脱出の船に乗った。
ロムが自分の母を殺した話に、リンドは少し驚いていた。ニーナとザラムも初耳のはずだが、二人の表情は変わらなかった。知っていたのかもしれない。
ロムは、母を殺した以降の事は余り覚えていなかった。ザラムが言うには、船に乗っていたのは普通の子供ばかりだったそうだ。老人を含む大人は、みな逃げきれなかったのだろう。
「生き残りがガキばっかりだから、その話が世間に広まってねえんだな」
「島を沈めた『神の子』は、魔法使いの集会には来てないのかしら……?」
「魔法使いに集会があるノ?」
「毎年12月に行われるわ。来月ね……。白い悪魔の話、その時に聞いてみるわ。もう少し情報が欲しい。シンから逃れた子は、保護区にまだ居るのね?」
「居るよ、たくさん。……話を聞くの?」
「きっとトラウマを呼び起こす事になるわよね……。催眠術を使っていいか、管理人と相談してみるわ。街の安全にもかかわることだから、許してくれると思うけれど」
レヴィが、裸で真っ二つになった女性を再び見下ろした。悪魔のような姿は恐ろしかったが、今となっては痛ましさしか感じなかった。
「こいつ、強かったか? その……悪魔の姿だった時は」
「どうかのう……。魔力は有しておったが、魔法は使うてこなんだ。知能もそれほど高くないようじゃった。武術の心得があれば、労せず倒せるであろう」
「オレ、もう、殺せない……」
「は? ……人だと殺せないってか?」
ザラムは返事をしなかった。また下を向いている。
「武術大会では、あっさり刀鍛冶を殺しそうだったらしいじゃねえか」
「あれは……殺意、あった、から」
突然、ザラムが顔を上げ、意味のわからない言葉でまくしたてた。叫びながら、涙がこぼれていた。
彼の取り乱す姿は初めて見るもので、心が痛んだ。
ロムがザラムの肩をつかんで何か話しかけると、涙をぬぐって座り込んだ。シンの言葉だろうか。
「なんて言ったノ?」
「あれに人の意志や気配を感じなかったって。自分の意志であの姿になったんじゃない、強制的に変えられたんじゃないかって。それなのに殺して……シンでも、たくさん殺した事を悔やんでる……」
「その気持ち、わからなくはねえが……今は厳しいな。ザラムは今後、護衛としては役に立たねえし、魔法使いだから狙われる可能性も高い。……ロム、お前は相手に罪が無くとも殺せるか?」
ロムは少し驚いた顔をしたが、すぐに真面目な顔をして強く頷いた。
「守るためなら、殺せる」
「よし。アイラスとザラムはお前が守ってやれ。トールはリンドを守れ。他に弱っちい魔法使いは誰か居たっけな……。つーか魔法使いでも、あいつは倒せそうなのか?」
「飛翔しておって動きも速かったからのう。魔法を使う隙を与えられず、危ういやもしれぬ」
「トールも危なかったよネ」
「短い言霊しか使えなんだ。短いということは、言霊そのものが持つ魔力に頼れぬという事じゃ。自身の魔力を大量に消費する。平凡な魔力の持ち主には厳しいであろう……」
「トールは魔力がそんなに高いの?」
この中で唯一魔法使いではないロムが、不思議そうに聞いてきた。
「この街に来てから二度も、魔力を枯渇させているものね。おかげで知識は無いのに無駄に魔力だけ高くなってるわ。私よりもね」
「それってさぁ……こいつがどこから来たのか特定しにくいってことだよな。街で一番魔力の高いトールを狙って移動したと考えたら、街のどこで湧いたのかわからねえ」
一体、白い悪魔は何なのか。何故現れたのか。また現れるのか。現れるとしたら、いつなのか。
シンのように大量に現れたら、この街も危ないだろう。アイラスの身体は、再び震え始めた。
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