少女達は魔法使いの館に行った
「とりあえず、この子の身元を調べなきゃね」
ニーナは癒しの魔法を使い、真っ二つになった遺体を修復した。血だまりも綺麗に消された。
傷一つなくなり、裸で地面に横たわる女性は、ただ眠っているだけのように見えた。そうではないとわかっているから、余計に悲しくなった。
ニーナは杖で彼女に軽く触れ、浮遊の魔法を唱えた。
「待ってくれ」
レヴィが工房に入り、大きな布を一枚持ってきた。それで女性の遺体を包みこんだ。
「裸のまま運ばれるのは嫌だろ?」
ニーナは優しく微笑み、レヴィの頭をなでた。その仕草は母が娘にするようで、やっぱり二人は母娘なんだなと思った。
「私は今から城と保護区に行ってくるわ。みんなは私の館に行っていて頂戴。どこが安全かわからないけれど、あそこなら守り手は多いのだから」
守り手とは使い魔の事だろうか。門に居る狼も、お菓子作りが得意な猫も、とても強いと聞いている。でも、それを目の当たりにしたことはなかった。
「とりあえず今晩は泊まって行ってね。保護区には伝えておくから。今後どうするかは、私が戻ってから考えましょう」
「ニーナは一人でも平気なノ?」
ニーナは一瞬驚いた顔をして、それからおかしそうに笑った。何か変な事でも言っただろうか。
「心配してくれるのね。ありがとう。でも大丈夫よ。これでも『知識』を得た『神の子』なのだから。私より、魔力だけ高くなってしまったトールの方が危険よ。みんなで守ってあげてね」
「別にわしは平気……」
言いかけたトールは、ニーナに睨まれて言葉を飲み込んだ。獣の耳がぺたんと折れて可愛い。
彼女は再びにこやかに笑った。みんなを見回し、他に質問が無いか確認した。
誰も何も言わなかった。全員、この先どうなるか想像もつかず、何をどうすればいいかわからないからだった。
「じゃ、行ってくるわね。……そうそう、絵の道具も持って行っていいわよ。描ける場所を用意するよう伝えておくわ」
それはありがたいが、今は描こうという気持ちが湧いてきそうになかった。
ニーナが転移魔法で消え、アイラスはレヴィと分担して絵とその道具を持ち、ニーナの館へ向かって歩き始めた。
誰もが無言のまま歩いていた。
ロムが隣に来て、アイラスが持つ絵の道具を持ってくれた。礼を言い、重い空気を何とかできないかと思い、そのまま彼に話しかけた。
「そういえば、新しい工房の話はどうなったノ?」
ロムはレヴィと顔を見合わせ、レヴィが頷いて話し始めた。
「共同名義で買うことは賛成されたよ。物件もいくつか紹介してもらった。ロムの賞金は手付金として先に支払うから、買う家さえ決まれば大丈夫だ。……まあ今は、それどころじゃなくなったけどな」
「このまま館に住む事になるのかのう……」
「もうちょっと詳細がわからねえと、何とも言えねえな……。来月の集会で、何か情報が入ればいいんだがな……」
結局、暗い雰囲気になった。アイラスは努めて明るく言った。
「でもさ、みんなでお泊りなんて、ちょっと楽しいよネ! ニーナの館は豪華だし、お菓子はおいしいし」
「だよね! 俺も、あのお菓子好きだな。レヴィも干菓子作ってよ。ザラムにも食べさせたい」
「干菓子、ある?」
「ザラムも知ってるのネ。好きなノ?」
無言で頷いた。心なしか口元が妙に曲がっている。嬉しい顔を我慢しているように見えて、彼でもそんな事があるのかと思うとおかしかった。
「お前らはお気楽だなー。……まあ、いいけどよ」
レヴィの声は、少し明るくなっていた。
館に着くと、使い魔達は全て心得ていた。宿泊の準備も終わっているようだった。仕事の手際がいい。
大きな部屋に通され、いつものようにお茶とお菓子が運ばれた。ロムがザラムをテーブルに引っ張っていき、お菓子について色々語っていた。
ザラムは少し微笑んで、静かに聞いていた。その笑顔から、いつもの彼に戻っているのだとわかって安心した。
安心したら、少し絵の続きを描こうかなという気持ちが湧いてきた。暗い事だけ考えていても仕方がない。
自分にできる事は少ない。今回の事件を受けて、騎士団も仕事が増えるだろう。この絵を依頼した騎士団長の心労もかさむに違いない。アイラスが絵に描いているこの女性なら、彼の心を癒せるのだろう。
ほんの少しでもいい。この絵も彼にとってそうであるように、心を込めて描こうと思った。
ニーナはなかなか戻ってこなかった。心配になってトールに聞いても、問題ないとだけ言って詳しくは教えてくれなかった。その表情が固かったので、嘘なのだとアイラスにもロムにもわかっていた。苦手な嘘を無理して付いているのだと思うと、追及はできなかった。
夕食を終え、暗くなってから彼女は戻ってきた。暗い顔をしていた。
「犠牲者が出ていたわ……。今朝、宮廷魔術師が頭部の無い状態で見つかったそうよ。悪魔に変わっていた彼女は、彼の所に居たメイドだったの……」
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