少年は刀を買いに行った

「わかっているだろうが、こんな高額は持ち越せないからね。使うアテがあるなら12月までにできるだけ使っときな。……まあ、使いきれないとは思うけどね」


 ニヤニヤと笑いながら言う管理人から、留守中に届いた賞金と賞品を受け取り、ロムは頷いた。


 賞金は金貨50枚だった。こんなに多いとは思わなかった。ロムの目的は賞品の服飾店チケットで、賞金はどうでもいいと思っていたが、額が額だけに焦っていた。管理人の言う通り、到底使いきれそうにない。

 約束していたザラムの刀を作って、身の回りで必要な物の中からできるものは全て一新して、今から月末まで贅沢三昧をしても、まだおつりが出そうだ。だからこそ管理人は、臨時収入に笑いが抑えきれないのだと思う。




 他に使い道はないかと思い悩みながら、とりあえず賞金が入った事を伝えるため、ザラムの部屋まで行った。でも彼は、まだ散歩から帰っていないようだった。


 そういえばザラムは、このお金で住むところを見つけようとしていた。贅沢を言わなければ、家だって買える額だ。でも保護区に住んでいる自分に家は必要ない。


 ――レヴィの工房は?


 唐突に思いついたそれは、とてもいい考えに思えた。

 今のレヴィの工房は、周囲の治安も悪く借り物のボロ屋だ。アイラスが一人でも行けそうなくらい安全で、保護区に近い家になれば、全員にとっていい事だと思う。


 だとしたら早く動かなければいけない。購入手続きにどれくらい期間が必要かわからない。今月中に支払いまで終えないと、お金は保護区に没収されてしまう。そもそも買うべき家を探してもいない。今月はまだ始まったばかりとはいえ、ゆっくりしている暇は無い。


 レヴィはいいと言うだろうか。性格を考えると遠慮されそうだが、保護区のお金の仕組みはよく知っているから、承諾してくれるかもしれない。

 もっと早く思いついていたら、今日相談できたのに。いや、賞金額を知らなかったから、それは無理だったか。

 今からもう一度工房に行く? 急げば晩ご飯には間に合うと思う。いや、ザラムの刀の方が先だ。そっちは作る約束をしているのだから。




「何、してる?」


 部屋の前でせわしなくうろうろ歩き回っていると、ザラムが帰ってきた。


「あっ……おかえり! 待ってたんだ! 刀鍛冶のところに行こう!」

「今から?」

「……あ、ごめん。疲れてるよね」

「問題ない。理由、言え」

「じゃあ、歩きながら説明するよ」


 ロムの気配を追って歩いてくる速度では遅すぎると思い、ザラムの手を引いて急ぎ足で歩いた。




「ロム? どっか行くノ?」


 アイラスに声をかけられて、足を止めた。言うかどうか少し迷ってから、正直に刀鍛冶の所に行くと説明した。


「今から?」

「うん。……あっ、アイラス。これあげる。……じゃあね!」


 チケットを彼女に押し付けて、すぐ歩き始めた。後ろから呼ぶ声が聞こえたが、聞こえないふりをして急いで保護区を出た。




「いいのか?」

「いい。立ち止まったら、返されちゃうから」

「戻った時、返される」


 返す言葉がなかった。確かにそうだ。アイラスが怒る顔が目に浮かび、足が止まった。


「急いでる、違うか? 足、動かせ」

「あ、うん……」


 ザラムはもう、手を引かなくても早足で歩いていた。ロムは彼の少し前で、案内するように急いで歩いた。


「で?」


 歩きながら、説明を求められた。一番にアイラスとチケットの事が浮かんだが、彼には関係ない話だ。だから今急いでいる理由、賞金についての考えを説明した。




「……というわけなんだ。とりあえず、先に約束の刀を注文しておこうと思って」


 ザラムは頷いてから、何かを言いかけて止めた。


「何? 気になることがあるなら言っておいて。焦ってるから何か見落としてるかもしれない」

「違う。レヴィ……だったか? 今日、話、聞いたろ?」

「ああ……聞いてきたよ」


 まだ会ったばかりのレヴィの事を心配しているのだとわかると、なんだか嬉しくなった。


「大丈夫だよ。聞いたからって何も変わらない。ただ、アドルは相当ショックだったみたいだけど……」

「……アドル?」

「ああ、まだ会った事なかったよね。俺の友達で……レヴィの事が好きで、結婚しようと思ってたみたいなんだけど」

「……嫌い、なった?」

「そうじゃなくて。アドルの家は、ちょっと特殊なんだ。好きなだけじゃ結婚できなくて……」

「なるほど……」

「アドルの事は、今度紹介するよ」


 ザラムは返事をしなかったが、いつものように大人っぽく微笑んだ。

 彼の事は嫌いではないが、この笑顔は正直苦手だった。子供扱いされているような気になる。もっと対等でありたいのだけど。




 刀鍛冶の仕事場に着いた。中に入ろうとして、足が止まった。すくんで動けないロムの肩を、ザラムが軽く叩いた。


「待ってろ」


 自分が情けなくて、返事ができなかった。一人で入っていったザラムを見送り、少し離れたところに、しゃがみこんだ。

 中でボソボソと話し声が聞こえる。二人とも口数が少ないから、ちゃんと話が通じているか心配だった。それでも、ロムは入る事ができなかった。


 しばらくして刀を持ったザラムと刀鍛冶が出てきた。


「金、頼む」

「え? 新しく打ってもらうんじゃないの? それでいいの?」

「十分。早く、欲しい」


 そういう事ならと思い、金貨の入った袋を取り出した。中から何枚か出し、刀鍛冶に聞いた。


「いくらですか?」


 熊のような刀鍛冶は、大きな手には小さすぎる金貨を一枚取った。


「一枚でいいんですか?」

「十分だ……」

「待て」


 どこかイライラしたザラムが、ロムの手から手探りで金貨を二枚取った。それを刀鍛冶の大きな手にねじ込んだ。


「バカに、するな。価値、わかる」


 刀鍛冶は困ったように少し笑ったが、そのまま懐に入れた。


「すまない……」

「対価だ」


 ザラムは憤慨した顔で言いきり、刀を腰紐にはさみこんだ。その紐はロムがあげたお古だから、あまり綺麗ではない。お金が余ったら新しいのを買ってあげようかなと思った。




「試し斬り、したい」


 刀鍛冶は指でちょいちょいと手招きし、仕事場の裏手に歩いて行った。ザラムが後をついて行き、刀鍛冶だけすぐに戻ってきた。


 彼は、仕事場には入らずにロムの隣に座った。勢いよく座ったので地響きがしたような気がする。

 何だろうと思って顔をうかがった。顔は真っすぐ前を向いていて、ロムの方は見なかった。


「刀……怖いか」


 呟くような言葉に、返事ができなかった。

 ザラムから聞いたんだろうか。自分が入らなかった事で気づいたんだろうか。試合の後の事件を知って想像したのかもしれない。

 どのみち隠しても仕方がない。意を決して頷いた。


「そういう時も、ある……。心配ない……必要な時が来たら、必ず、使える……」

「そうでしょうか……」


 大きな手が、ロムの頭をすっぽり包み込んだ。ガシガシとなでられ、ロムは横に倒れそうになった。


「大丈夫だ……」

「……はい」


 自分では大丈夫とは全然思えなかったけれど、どこか安心感があった。声に出して頷くと、信じられそうな気がした。




 満足そうな顔のザラムが戻ってきて、二人は刀鍛冶に礼を言ってレヴィの工房を目指した。

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