少年達は事情を聞いた

「え……? え?」


 アドルには意味が理解できていないようだったが、ロムにはすでにわかっていた。今、目の前にいる外見の種族を知っていた。


「トロール……」

「え?」

「昔ニーナが、トロールの子を引き取ったって聞いた事がある。あれ、レヴィの事だったんだ……」

「知ってたんなら話は早いな。俺は取り替え子だったんだよ。実の親、育ての親の両方に捨てられて、ニーナに拾われた」

「なんで、魔法使いになったノ? 身体の色を変えるため?」

「それもあるが……トロールは知能が低いんだよ。人の社会では暮らせない。かといって生みの親の元にも戻せない。だからニーナは俺に『真の名』を付けたんだ。そうすれば、人並みの知能が魔力と共に与えられるからな」


 ただ、とレヴィは苦笑しながら言った。


「俺の魔力はそんなに高くねえ。アイラスより少しマシって程度だ」




 一糸まとわぬレヴィを直視できず、ロムはみんなを見渡した。アドル、リンド、アイラスはうろたえていたが、トールだけは驚いていないように見えた。


「トールは知ってたの?」

「まあの。秘密を隠すのは面倒であったわ。これで肩の荷が下りた」

「すまねえな」


「ちょっと待って下さい」


 アドルが強く言った。声に苛立ちが含まれているように感じる。彼は怒ったんだろうか、落胆したんだろうか。まさか、レヴィを嫌いになったりはしないと思うけれど。


 アドルの強い眼差しを受けて、レヴィの口元から笑みが消えた。


「アドル……悪いな。お前と俺には、身分以上の違いがあるんだよ」

「そういう事を、言っているんじゃありません」


 つかつかとレヴィに歩み寄り、自分のマントを肩から外してレヴィに羽織らせた。


「あなたの身体を、他の誰にも見られたくありません」


 何か言いかけたレヴィの頬を両手で押さえ、アドルは少し背伸びして口づけた。

 レヴィは身をよじったが逃れられず、肩からマントがずれて薄い緑の肌があらわになった。


 見てはいけない気がして横を向くと、トールがアイラスとリンドの目をふさいでいて、自身は下を向いていた。




「な……何、すんだよ……」

「僕の気持ちが変わらない事を、証明したくて」

「んな事したって、もう、意味なんか……ねえだろうが」

「わからない……です。今はまだ、先の事が考えられません……」




「と、とりあえず、レヴィ、服、着ない?」


 気まずい沈黙をやぶって、アイラスがおずおずと提案した。アドルがレヴィの服を拾い、彼女に手渡した。


 服を着ても、レヴィはもう一度魔法を使わなかった。


「髪と肌は戻さないノ?」

「こっちが本来の色だぞ」

「で、でも……」

「色はな、保護区に入る時に変えたんだ。トロールだとわかると、色々と面倒だからな。管理人や当時の教師連中は知っていた。ホークも知っている。もう隠さなくても、このままでも……」


 レヴィの言葉を遮るように、アドルが口を開いた。


「そこは、今まで通り偽って下さい。僕は気にしないけど……他の人がレヴィさんに偏見の目を向けるのかと思うと、はらわたが……煮えくり返りそうです」


 口調は、とても弱々しいものになっていた。

 レヴィは少し考えてから、再び魔法を使った。髪は漆黒に、肌は褐色になった。

 アドルがありがとうと呟いて抱きつき、レヴィに嫌がられていた。


 変化の魔法において、色は足す事しかできない。緑を塗りつぶすための黒髪であり、褐色の肌だったんだろう。

 黒は偽りの色と言ったのはレヴィだったか。彼女は偽っているという罪悪感があったんだろうか。




「レヴィの桁違いな体力と腕力って、トロールだからだったんだなぁ……」

「すまねえな」

「いや、謝る事ないよ。理由がわかって納得しただけ」

「お前らは、俺の正体がわかっても……」


 そこまで言って、レヴィは言葉を切った。続きを言いにくいようだったが、聞かなくても何を知りたいかはわかった。


「何も変わらないよ。レヴィはレヴィだから」

「そうだヨ! レヴィが何者だって、やっぱり私達のお母さんだヨ!」

「えー? じゃあ僕は、お父さんになるの?」

「なんでそうなるんだよ!?」




 それからしばらく、レヴィと色々な話をした。アイラスは今日は絵は描かないと言っていた。絵の具が乾いていないと昨日と同じ言い訳をしていたけれど、本当かどうかわからない。


 ニーナに頼めば完全な人間にしてもらえるんじゃない? とアイラスが聞いていたが、それは難しいようだった。彼女は国に保護してもらう代わりに、色々と制約を受けている。その中に種族を偽ってはならないというのがある。使い魔を、元がわかる姿にしか変化させてはならないのと同じだ。

 彼女が幼いレヴィにした事は『真の名』を与えた事だけで、レヴィ自身が肌と髪の色だけを変えた事は、ぎりぎりだけど制約違反にはならなかったらしい。


 制約が無く、ニーナとは無関係で『知識』を受けた『神の子』ならばと、トールを見て言ってみたけれど、レヴィは首を横に振った。


「もし可能でも、俺は今更身体を作り替えるのは勘弁だな。万が一、手が思う通りに動かせなくなって、絵が描けなくなったら困る」


 アドルは最後の望みも絶たれてがっくりしていた。彼はレヴィを妃に迎えるために色々と手を回していたらしい。

 建国の王は平民の出なので、王家は貴族と違って身分にそれほどこだわりがない。国の象徴となる妃に必要なのは、身分と気品ではなく知性と人望だ。レヴィにそれは備わっているのだから、可能性はあると考えていたようだ。

 ただし、世継ぎを生む役目はある。聡明なエルフならともかく、知能の低いトロールには無理なのだろう。今のレヴィの知能は『真の名』によってもたらされたものであり、彼女自身に備わっているわけではない。


 いくら考えてもアドルの希望は見えなかった。




 午後になって、やっと工房に辿り着いたお供の者に連れられて、アドルはとぼとぼと帰って行った。お供はそれなりに怒っていたが、アドルがいつもと違って大人しいので、少し拍子抜けしているようだった。




 ロム達も帰路についた。

 保護区に戻ると、武術大会の賞金と賞品が届いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る