少年達は工房に集まった

 食事を終え、出かける支度を整え、散歩に行くというザラムと一緒に保護区を出た。




「待て、ロム」


 後ろから不意に声がかけられ、立ち止まって振り向いた。

 ザラムがロムの肩から背中、背負っていた弓に触れ、それから腰に手を回してきた。


「な、何?」

「刀、どうした?」

「え……」


 至近距離で問い詰められるように言われ、答えられずに身を引いた。見えないはずの漆黒の目に、全て見透かされているようだった。


「……怖いのか」


 言い当てられても、やっぱり答えられなかった。アイラス達三人が心配そうな顔をしている。

 さらに何か言おうとしたザラムの前に、トールが割って入ってきた。


「止めよ。おぬしには関係ないであろう」


 一瞬、ほんの一瞬だけ、ザラムが冷たい目をした。でもそれはすぐに消えて、肩をすくめた。


「そうだな。……じゃあ」


 そう言って、後ろ手で右手を振って分かれ道を別方向に歩いて行った。

 ため息をついて、ザラムの後ろ姿を見送った。その向こうに物見塔が見える。彼はあそこに行くんだろうか。そう思ってから、見えないのに塔に行っても仕方ないよなと思いなおした。

 彼はあの塔からの景色を見ることができないのだと思うと、少し残念だった。




「ロム……」


 トールの心配そうな声に振り返った。困ったような顔で、何と声をかけていいか迷っているようだった。だから、強がりだけど精一杯笑いかけた。


「大丈夫だよ」

「うむ……」


 リンドが背伸びして、ロムの頭をなでた。彼女にも笑顔で答えた。




 アイラスがまだ上手く話せなかった頃、よくなでてくれていた。最近はあまりない。言葉で気持ちを伝えられるようになると、必要ないのかもしれない。


 もう少し触れてくれてもいいのになと思ってから、勝手な自分に苦笑した。会ったばかりの頃は、触れられるのが嫌だったくせに。


 あの頃は誰に触れられるのも嫌だった。アイラスの手が心地よくなってからは、誰に触れられても平気になっていた。自分でも気づかないうちに、彼女はロムを変えてくれていた。


 そう思って、改めて彼女を見た。


「どうしたノ?」

「何でもない。手を……つないでもいい?」

「えっ……い、いいヨ」


 おずおずとのばされた手を取った。今までよりぎこちなく感じる。想いを伝えあう前の方が、自然につないでたなと思っておかしくなった。


 それを見てか、リンドがトールの腕にしがみついた。トールは訳がわからないという顔をしている。彼は、リンドの気持ちに気づいてないんだろうか。あり得ると思って内心笑ったけれど、鈍感さにおいては自分も大差ないかもしれないと思った。




 大通りを横切ろうとしたら、見覚えのある赤毛が見えた。


「あれ? みんなも行くところなんだ」


 アドルは、今日は地味な服にくすんだ色のマントを羽織っていた。お供の姿が見えない。


「今日は一人なの? お供は?」

「うん。連れてこない方がいいみたいだから、まいて来たよ」

「まいて……」

「工房に来られたら、すぐ見つかるのではないか……?」

「大丈夫。最初からそのつもりで、別の場所に行きたいって言っておいたし、そこでも引き留めてもらうよう頼んであるから、工房には中々たどり着けないと思うよ」


 どこまでも抜かりない。アドルは天然なのか狡猾なのか、ロムにはよくわからなかった。


「後で叱られそうだけどね」


 彼は悪びれた様子もなく笑っていた。お供の人に同情した。




「今日は何だろうね? レヴィさんから呼び出されるなんて、初めてなんだけど」


 満面の笑みのアドルに、少し心が痛んだ。彼が期待するような内容ではないと思う。むしろ彼にとっては、最後の望みが絶たれるかもしれない。人でないなら、レヴィは側室にすらなれないだろう。

 アイラスの話では、最近はレヴィもまんざらでもなかったらしい。それなのに、ここにきてアドルにとって最悪の話が降ってきた。


 今、自分が考えても仕方ない。ロムは頭を横に振って、軽い足取りのアドルの後を歩いた。




「なんだお前ら、一緒に来たのか」

「はい! 今日は何のお話ですか?」

「お前はついでだ。ロム達にしようと思った話だ。話すなら、一緒に聞いておいてもらおうと思ってな」

「ついで、かぁ……」


 想定とは別の部分でアドルが落胆している。ロムはハラハラした気持ちでレヴィを見た。

 視線に気づいてレヴィが少し口の端を上げた。それは苦笑なのか、微笑なのか、ロムにはわからなかった。




「じゃあみんな、中に入ってくれ」


 レヴィが、いつも開け放たれている工房の入り口を閉めた。

 何だろうと思って見つめていると、レヴィが服を脱ぎ始めた。


「レ、レヴィ! ちょっと、どうしたノ?」


 レヴィは、アイラスの抗議の声も聞かずに全て脱ぎ捨て、何かを呟いた。この意味のわからない言葉は何度も聞いた事がある。魔法の言霊だ。

 彼女は魔法使いなのか。その身体が淡く光り、肌と髪の色が変化した。


「これが、本当の俺だ」




 漆黒の髪は緑に、褐色の肌は薄緑に変わっていた。彼女が髪をかき上げると、耳の先が僅かにとがっていた。

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