少年は少し歩み寄った

 目覚めると、目の前にアイラスの寝顔があった。


 えっ? と思って目をこする。幻じゃない。なぜここに居るのか。というか、なんで自分も彼女も床で寝ているんだろう。頭を振って、昨夜の事を思い出そうとした。


 寝る前にアイラスが来て、一緒に寝る事になった。その時に想いを伝えあった。……と思う。ぼんやりした頭で考えても、どこまで現実かわからなかった。

 あれが現実なら、彼女はベッドで寝たはずなんだけど。寝相は悪くないから、落ちたんじゃないと思う。夜中に移動したんだろうか。そうだと思いたい。




 彼女の寝顔を見ながら、やっぱり夢なんじゃないかと思った。もし現実なら、アイラスが合図をくれるはずだ。もしくれなかったら、どうしよう。


 期待と不安が入り交じり、早く起きてくれないかなと彼女の寝顔を見つめた。規則的な寝息が聞こえて、まだまだ起きそうにない。




 今は何時頃だろう。自然に目が覚めたのなら、いつもと同じくらいの時間だと思う。それならアイラスはまだ起きないだろう。

 布団を出て窓際のベッドに上がり、外を見た。すでに明るいけれど、太陽の位置は確認できないくらい低かった。


 彼女が起きるまでの間、鍛錬でもするかなと考えて、苦笑して首を横に振った。木刀とはいえ、刀の形をした物を持つ自信はなかった。




 ぼんやり窓の外を眺めていると、目の前の宿舎のザラムの部屋で動く影が見えた。窓から彼が顔をのぞかせてきた。こちらを真っすぐ向いている。視線は合わないけれど、確かにロムに気づいている。少し微笑んだように見えた。


 何もかも見透かされているようで、ロムとしては少しおもしろく無かった。

 彼が悪い人ではないと理解している。自分より随分大人だ。


 だから、悔しいという気持ちなのかもしれない。自分が勝っているのは刀術だけで、それも運良く勝てただけという気がする。おそらく、能力としては五分五分だと思う。

 しかも今、自分は刀を持てなくなっている。他の得物では全く歯が立たないだろう。勝負にすらならないと思う。


 自分の手の平を見下ろし、ため息をついた。




「……ロム?」


 声をかけられて、振り返った。アイラスが身体を起こしてあくびをしていた。


「おはよう」

「おはよ。早いネ」


 彼女は立ち上がり、フラフラと近づいてきた。不安定に思えたので、ベッドを降りて彼女の手を取った。二人で並んで、ベッドのふちに座った。


 アイラスは寝不足なのか、またあくびをして目をこすった。


「なんで下で寝てたの?」

「……ロムのそばが、良くて……寝苦しかった?」

「ううん、朝までぐっすり寝たよ。アイラスは大丈夫?」

「私は……なかなか、寝付けなくて……」


 恥ずかしそうに笑った後、真面目な顔になった。何か言いかけて止め、目を泳がせながら何か考えている。挙動不審だ。


「あの……あっちを、向いててくれる? 目も閉じてネ?」

「あ、うん」


 合図だ。じゃあ、やっぱり夢じゃなかったんだ。嬉しくて、胸がいっぱいになった。

 目を閉じて、彼女が近づいてくる気配に全神経を集中した。頃合いを見て振り向いて、差し出された唇に自分のそれを重ねた。


 驚いたアイラスは、すぐに身を引いた。


「えっ……ちょっ……もー!」

「ごめん」


 全然悪いと思わなかったけど、一応謝った。怒った顔も可愛い。


「ありがとう。夢じゃなかった」

「うん……」




「まだ食堂、開いてないよね」

「そうだネ。ロムは……」


 アイラスが何か言いかけて、はっと気づいたように口を押さえた。何を言おうとしたかは想像がついた。


「鍛錬の事?」

「うん……」

「ごめん。まだ、自信がないから……」

「……私に何かできるコト、ある?」

「そばに居てくれたら、大丈夫。そうしたら、安心するから」

「毎日、一緒に寝る?」

「いや、それはちょっと……」


 自分の理性が保てそうにない。


「嫌?」

「い、嫌じゃ……ないけど……。と、とりあえず、起きてる時だけでいいから……」


 随分と積極的なアイラスに、ロムは押され気味だった。




 食堂が開く時間になり、ザラムも誘って三人と一匹と一羽で朝食を食べに行った。


「今日はレヴィの事を聞くんだよネ」

「うん、そうだね」

「何だ、それ?」


 いつも無口なザラムが話に割って入ってきた。珍しいなと思って返事をする。


「ザラムは知ってるんだよね? レヴィの正体が何なのか。それをみんなに話してくれるっていうから、今日聞きに行くんだ」

「一緒に行く?」


 アイラスが誘い、つい目を見張ってしまった。それに気づいた彼女が、失敗したとでもいうような表情をした。ロムも、気持ちが顔に出てしまった事を申し訳なく思った。彼女に余計な気を使わせた。


 ザラムが行きたいと答えれば、誘ったアイラスとしては断ることができないだろう。彼はすでに知っているようだったから、断ってくれればいいのにと期待した。




「行かない」


 断られて、ザラムには悪いけれど、ほっと胸をなでおろした。

 罪悪感から彼の顔をうかがって見ると、少しうつむき加減で辛そうな顔をしていた。何が辛いんだろう。


「……そうか、話すか……」


 諦めたように、ぽつりと呟いた。それでやっと、レヴィの事を心配しているのだとわかった。自分が恥ずかしくなった。




「ザラムはなんでレヴィの事、知ってたノ?」

「あいつ、知らない。あいつの種族、知ってる」

「あっ、それ以上、言わないで! レヴィから直接聞きたいからネ」

「わかってる」


 ザラムは大人っぽい顔で笑った。12歳がする表情とは、あまり思えない。

 この歳までに、どれだけ多くを経験してきたんだろう。魔法使いとはいえ、10歳の時分に戦にかりだされていたのなら、自分に少し似ている気もした。余計なこだわりを捨てたら、いい友達になれるんだろうなと思う。


「ザラムは基礎教育受けてるんだよネ?」

「受けてない。必要ない」


 意外な返事で驚いた。昨日は工房に行ってたから、彼が何をして過ごしたかは確認していなかった。てっきり、しばらく基礎教育で忙しいだろうと思っていた。

 もし暇を持て余しているなら、少し悪い事をしたかもしれない。連れてきたのは自分達なのに、その後をほったらかしは無責任に思う。


 同じように気になるのか、アイラスがどんどん質問していた。


「昨日は何してたノ?」

「街、散歩」

「何を見たノ? あ、見えないか……」

「見えなくても、感じる。ここ、良い街」


 それを聞いて、アイラスが嬉しそうに笑った。彼女はこの街に来てまだ半年だけど、それでもここの住民だという誇りがあるようだ。

 ロム自身に、その気持ちはあるだろうか。少なくとも、今のザラムの言葉を聞いて何も感じなかった。そういうところが、彼女と自分の違いなのかもしれない。


「今日も散歩、行くノ?」

「行く」


「……もし」


 意を決して、ロムも口を開いた。


「もし、やりたい事が無くなって暇になったら、いつでも言ってね。俺、何か考えるから」


 ザラムがえっと小さく呟き、アイラスが目を見張ってロムを見た。そこまで驚かなくたっていいのに。


「……わかった。ありがとう」


 ザラムがとても優しい顔で微笑んだ。それは、なんとなく直視できなかった。

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