少女は仲直りした
保護区への帰路で、アイラスはロムの方を一度も向かなかった。無視を続けていたら、彼も話しかけてこなくなった。
腕に抱いたトールが見上げてきて、首を伸ばして肩越しに後ろを見て、またアイラスを見た。
そんなに動けるなら歩けるんじゃないの? そう思ったけれど、何を訴えたいのかはわかっている。わかっているから何も問わなかったし、彼も何も伝えてこなかった。
本当はアイラスも後ろを見たい。ロムの様子が知りたい。でも怒って無視した手前、振り向けなかった。
ロムが悪いんだ。自分自身を粗末にするから。どうしたら改善してくれるんだろう。そう考えながら重い足を進めていた。
保護区の宿舎に着いて、少しだけ後ろに目を向けた。……ザラムしか立っていなかった。リンドは目覚めて彼の肩に乗っていた。
「ア、アレ? ロムは?」
「買物」
「何を買いに!?」
「飯」
そうだった。祭期間中の今日までは、保護区ではお昼ご飯が出ない。そのため、お昼代を含めたお小遣いだってもらっている。
「な、なんで、何も言わずに行っちゃったノ?」
「お前、ツンツンしてた」
返す言葉がなかった。ザラムは呆れた顔でため息をついた。
「もう少し、ロムの事、考えろ」
バカにされたような気がして腹が立ち、関係ないでしょと言いかけて思いとどまった。少なくともザラムはロムの気持ちを考えている。浅はかなのは自分の方だった。
トールを彼に押し付け、急いで来た道を引き返した。
保護区を出たところで、誰かにぶつかりそうになってつんのめった。
「あっ、ゴメン、なさい!」
顔を上げると、明るい金髪が風に揺れて、蒼い目が見開かれていた。
「……ロム」
「ご、ごめん。大丈夫?」
「ウン……大丈夫……」
会いたくて走ってきたのに、いざ顔を見ると何を言っていいかわからなかった。話す内容なんて考えてなかった。
ロムの手には全員分程度の食事があった。パンや串焼き肉、果物等の他、クッキーなどの甘いお菓子も含まれていたので、彼らしいなぁと微笑ましく思った。
心が温かくなり、自然と感謝の言葉が出てきた。
「ありがとう。お昼、買って来てくれたんだネ。買わなきゃいけないコト、すっかり忘れてたヨ」
「うん……」
ロムは上目遣いで、少しおどおどしていた。こんな表情になっているのは、間違いなく自分のせいだ。
「……ごめんネ」
「え。いや、大丈夫だよ。昨日までは、ほとんどアイラスが奢ってくれてたし……」
「そうじゃなくて……」
「どうしたの?」
「えぇと……」
本当は、アイラスも人のことを言えないのだと気づいている。ロムに対して怒った内容は、そのまま自分に返されても文句は言えない。そうされないのは、彼が優しいからだ。
アイラスは自分を大切にできない。一番大切なのは、目覚めた時そばにいたロムとトールの二人だと思っている。
二人のためなら、他の誰だって——例え自分自身であろうとも、ためらいなく犠牲にできる自信があった。
以前ロムに言った『自分の中の黒い部分』とは、まさにそこなのだと自覚していた。
でも、それは利己的な都合であり、二人には絶対に秘密だ。言えない理由のせいで怒られて、ロムにとっては随分と理不尽だと思う。
もちろん優しい彼は、そうとは受け取らないのだろうけど。
ただ、アイラスは謝りたかった。理由は明かせないし、改善できる見込みもないのだけど、少なくとも撒き散らした怒りは不当だったと反省している。
「あのネ……怒って、無視して、ゴメン……。ホント私、怒りっぽくて……ホントに、ゴメン」
そう言って頭を下げた。下げながら、心の中では別の事で謝っていた。言えなくてごめん、勝手に想ってごめんと。
「い、いや、いいよ。大丈夫だよ。アイラスが怒るのって、誰かを大切に思った時だけだから……」
鋭い。嫌な汗が流れた。顔を見せたら挙動不審がバレると思い、頭を下げたまま続けた。
「だ、だけど、それで、誰かを傷つけたら、本末転倒っていうか……」
「とにかく今は、もう大丈夫だよ」
「ウン……ゴメン。これからは、気を付けるネ……」
「うん。気にしてくれて、ありがとう」
優しい声に顔を上げた。眩しすぎる笑顔が反則だと思い、もう一度心の中で謝った。
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