少年は初戦を終えた

 次に気づいた時には、目の前に少年がへたり込んでいて丸腰だった。彼の持っていた細剣を探すと、場外の地面に突き刺さっていた。


「あれ……? え……?」


 何が起きたか、わからなかった。彼と対峙した事までは覚えている。隊長の事を言われ、うろたえて眩暈がして、頭がぐるぐるして、次の瞬間には今の状態になっていた。




「ロム、降りろ! お前の勝ちは宣言されている! こっちに来い!」


 レヴィの呼ぶ声で我に返り、刀を鞘に納めて試合場を降りた。歓声が聞こえていたが、意味がわからなかった。

 受付の脇に居たレヴィの元に行き、刀を返して自分の短刀を受け取った。


「お前、どうしたんだ?」

「わ、わからない……俺、何をしたの?」

「やっぱり覚えてないのか……とりあえず、ここだと邪魔だ。移動するぞ」




 試合の喧騒が小さくなるまで離れた。アイラス達もやってきていた。


 レヴィの説明によると、試合開始と共に突っ込んできた少年を軽くいなし、細剣だけ弾き飛ばしたらしい。二太刀の出来事で、試合としては今大会最短の勝負だったそうだ。

 そう言われても、ロムは全く覚えていなかった。


「あいつに何か言われたんだろ? その瞬間にお前の顔から表情が消えた。何を言われたんだ?」

「……隊長は俺のために死んだって……」

「討伐戦の時の事か?」

「うん……」




「それ、嘘だよ~」


 間延びした声がかかり、全員が振り返った。対戦相手の少年が立っていた。


「君が動揺するかと思ってさ~、言ってみただけ~」

「お前……! ふざけんなよ!」


 レヴィが胸ぐらをつかんで持ち上げた。少年が苦しそうに顔を歪め、あわててアイラスが腕にしがみついて止めていた。


「レヴィ! ダメ! 落ち着いて!」


 レヴィが手を放し、少年は地面に崩れ落ちて咳き込んだ。呼吸を整え、下を向いたまま静かに言葉を紡ぎだした。


「……君のおかげで被害が最小限で抑えられたことは、あの討伐戦に参加した者は全員知ってるよ……」

「こやつも、あの討伐戦に参加しておったのか?」

「俺と同じ斥候部隊に所属してたんだ……」

「だったら! ロムの性格も知ってんだろ!? こいつはクソが付くくらい真面目なんだ! 余計な事言って傷つけんじゃねーよ!」

「レヴィ、止めて。戦いの前に心理戦を持ちかけるのは、ごく普通の事だよ。俺の心が弱かっただけだから……」


 レヴィは言葉を詰まらせ、全員が黙り込んだ。




「……僕は、認めたくなかったんだ……君に実力がある事をさ……。皇子にも、顔で取り入ったのかと……」

「……は? ……え? ……か、顔?」


 意味がわからない。

 うろたえたロムの声を聞き、少年が顔を上げて立ち上がった。心なしか元気になっている。こいつ、間違いなく性格が悪い。


「皇子と君が並ぶとさ~、絵になるってご婦人の間では評判だよ~? 皇子が気に入ってるのは、君の外見だってね~」

「か、勘弁してよ……」

「まあ、君の強さはよ~くわかったよ~。完全に僕のひがみだったってね~」


 自虐的に言い、少年は背中を向けた。ロムは、もうさっさと帰ってくれと思っていた。


 だが彼は再び振り向いた。


「……でも君さ~、心を失っている時の方が強いなんて、随分危ういよね~……」


 そう言って、今度こそ少年は立ち去っていった。ロムはしばらく動けなかった。




「あんな奴の言う事、気にすんなよ」

「うん……」


 でも、ロムは考えた。意識が無くとも身体が動いたのは、少年の動きにオウム返しに反応したに過ぎない。過去、戦場で心と身体が疲れた時、自分の意識を殺して戦い続けた事もあった。

 もし彼が殺気を持って向かって来ていたら、殺していたかもしれない。以前刀鍛冶と刃を交えた時もそうだった。殺気を向けてきた相手は殺さなければならない。ロムの気持ちとは別に、そういう信念が身体に染みついていた。


 急に恐ろしくなり、ロムは自分で自分の肩を抱いた。


「気にすんなって言っただろ」

「う、うん……。……いや、無理。気にせずにいられない……どうしよう……」

「落ち着け」


 レヴィがロムの頭を両手で挟んで引き寄せ、額と額をくっつけた。レヴィの方が頭半分ほど背が高いので、少しかがみこんでいた。

 突然の事に、あふれそうになっていた涙が引っ込んだ。


「大丈夫だ」


 そのまま、頭を抱えるように抱きしめられた。




 ロムは長い事、大人の女性に触れられるのは嫌だった。子供のアイラスにすら、最初は触れられるのが嫌だった。

 でも今は、温かくて気持ちよくて、心が安らいだ。家族に恵まれた子は、こういう安らぎを親から与えてもらえるんだろうか。


 それは、とても羨ましいと思う。


 自分はもう小さな子ではない。それでも求めていいんだろうか。レヴィは笑わないだろうか。

 いや、まて。レヴィは許してくれても、アドルが許さないだろう。こんなところを見られたら大変な事になる。彼の怒った顔を想像したら、笑いが込み上げてきた。


「ロム?」

「ううん、ごめん。ありがとう。ちょっと、落ち着いた……」

「そうか」


 レヴィは身体を離し、ロムの肩を軽く叩いた。


「もし自分を見失いそうになったら、一番大切な者を思い浮かべるといい。自分のためだけに頑張るのは、結構キツいもんだ。でも自分が想う誰かのためになら、意外と踏ん張れるんだよ。そいつへの想いが、お前を支えてくれる」


 レヴィが再び近づいてきて、ロムの耳元でささやくように言った。


「お前にとって、そいつは誰だ?」


 ロムはレヴィの肩越しにアイラスを見た。レヴィも振り返って見た。アイラスは意味がわからない顔をしている。


「だよなぁ」

「……言わないでね」

「わかってるよ。……お前さ、優勝したら副賞はアイラスにあげるんだろ?」

「バレバレかぁ……」

「当たり前だろ。お姫様のために、せいぜい頑張れよ」




 言われなくても、わかっている。


 明日は準々決勝で四試合、明後日は準決勝で二試合行われる。一日あけて、祭の最終日が決勝戦と聞いている。祭の露店や出し物に飽きてくる頃に、武術大会が盛り上がるようになっていて、上手く考えられてるなと思った。

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