少年の武術試合が始まった

 アイラスにずっと見つめられて落ち着かなかったけれど、広場ではそれなりにゆっくり過ごせた。少し早めに昼ご飯を食べて、食後もしっかり休んだ。




 町外れの広場に移動しているとレヴィを見かけた。なんとなく気まずい。アイラスだけが駆け寄って行って、さっき描いた絵を渡して話しこんでいる。ロムは遠くから頭を下げただけだった。


 アイラスがこっちをちらっと見て、またレヴィの方を向いた。背中を向けられたら、何を話しているかわからない。レヴィもアイラス越しにロムの方に顔を向けた。自分の事を話されているのかもしれないと思うと、居心地が悪かった。


 レヴィがこっちに向かって歩いてきた。心臓がきゅっとなる。




「その子はなんだ?」

「え? ……あ、リンドの事?」


 自分の話じゃなかった。ほっとしたのと同時に、なぜか残念なような気がした。自意識過剰というやつかもしれない。


 リンドはまだ動く練習がしたいようで、人の形のままだった。身体のあちこちについた羽毛は服の一部にも見えるので、とりあえずアイラスのひざ掛けをショールのように羽織っていた。


「この前アドルからもらった使い魔だよ。小鳥の。人の形で動けるようになりたくて、練習してるんだ」

「ふーん……」


「レヴィ! 違うでしょ!」


 アイラスが、なんだか怒りながら追いかけてきた。


「な、何……?」

「あぁ、まあ……その、なんだ」


 言いにくそうに口ごもり、アイラスに小突かれている。


「わ、わかってるよ! ……昨日はちょっと言い過ぎた。悪かったな」

「あ、ううん……実際、俺、うぬぼれてたし……」


 謝られるとは思っていなかったので、ロムも口ごもりながらぼそぼそと返事をした。


「レヴィのおかげで、それに気づけたし……助かったし……あの、ありがとう……」

「それなら、いつまでも気にすんなよ。試合に差し支えるだろ。これから行くところか?」

「うん。レヴィは本当に見に来るの?」

「決まってんだろ。可愛い弟子の晴れ舞台だからな」

「俺、弟子じゃないんだけど……」

「俺が稽古つけてやってんだから、弟子みてえなもんだろ」


 そう言って、レヴィはさっさと歩き始めた。口では嫌そうに言ってしまったけれど、レヴィにそう思われているのは嬉しかった。




 広場に着くと、アドルも来ていた。まさか彼まで試合を見に来たのかとうんざりした。皇子の寵愛を受けていると噂が立っているのに、それを証明するような振る舞いは避けてほしい。

 しかもこっちに気づいて歩いてきた。逃げ出したくなった。


「ちょっとロム! なんで保護区の服で来てるの? 騎士の実務服があるでしょ?」

「だって目立つし……」


 タメ口で嫌そうな顔で受け答えしてしまい、お供の人に睨まれた。やばいと思ってかしこまった。


「今回は仕方ないけど、次の試合ではちゃんと着て来てよね」

「わかりました」


 今度は、感情が顔に出ないよう気を付けて答えた。心の中では、面倒くさいと思っていた。




「へえ~、君は勝って次の試合にも出るつもりなんだ~」


 聞き覚えのある間延びした声に振り向くと、いつかの討伐戦で一緒の隊にいた少年が立っていた。

 トーナメント表を見た時に、どこか覚えがある名前だと思ったけれど、彼の事だったのかと気が付いた。はっきり覚えてなかった事は失礼だと思い、これもうぬぼれの一種かなと反省した。


「すみません、失言でした」

「まあ、皇子に期待されてちゃ、仕方ないよね~」

「今のは僕の言い方が悪かったよ。試合前に呼び止めてごめんね。僕は観覧席に行くから。二人とも頑張って」


 ロムはお辞儀をして返し、少年もうやうやしく礼をしたが、目は笑っていなかった。

 立ち去り際、アドルはロムにすまなそうな顔を向けていた。


「私達も行くネ」

「頑張るのじゃぞ」

「気ぃ抜くなよ」


 三人がそれぞれが声をかけてくれ、リンドだけは背中をぽんぽん叩いてから、観覧席の方へ歩いて行った。




 アイラス達が去って二人だけになると、少年はまた話し始めた。


「皇子の寵愛を受けてるってのは本当だったんだね~」

「それは少し大げさです。俺達はただ、友人なだけです」

「それを寵愛っていうんだよ……」


 にらみつけられ、ロムはうんざりした。こんなところで余計な反感を買いたくなかった。


「君、予選にも来てなかったよね~? 本戦でも一人だけシードだし~」


 予選があった事すら知らなかった。しかしそれを言ってしまうのは、ますます嫌味な気がして黙っていた。


「まあいいけど~」


 反応の薄いロムに飽きたか、少年は受付の方に歩いて行った。ロムはため息をついて、それに続いた。




 前の試合が早く終わり、ロムが受付を済ますとすぐに試合を始める事になった。


 武術大会では、切れ味が落ちた武器を使うらしい。自分の短刀を受付に預け、試合で使う武器を選ぶよう促された。

 種類は豊富だった。刀もあったのでそれを選んだ。少年は細剣を選んでいた。素振りを見ていると、王宮剣術のようだった。


 ロムは今回が初戦なので、ルールについて詳しく説明された。試合場は直径12メートルの円形の台で、降参、戦意喪失以外にも、そこから落とされても負けとなるらしい。

 また、命に関わる負傷をした際も試合は止められるようだ。怪我に備えて宮廷魔術師が待機していた。


 それを聞きながら、少年の腕はどれほどなんだろうと考えていた。討伐戦では動きが少し鈍いと感じていたが、隊長は悪くないと言っていた。斥候部隊だったので、彼が実際に戦うところは見ていない。予選を通過し、一回戦を勝ち抜いてきたのだから、それなりに実力はあるのだと思う。




 ようやく説明が終わり、試合場に上がった。少年と向き合って礼をする。


「そういえば君、自由騎士の叙勲を受けてたね~」

「ええ、まあ……」

「隊長はお前のために死んだのに、いい気なものだね……」




 その一言は、ロムの胸に深く突き刺さった。

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