少年は試合を観戦した

 アイラスが人混みが苦手と言ったのは本当のようだった。一通り露店や出し物を見た後は、毎日武術大会を見る以外は聖堂前の広場でゆっくり過ごしていた。


 リンドは保護区の外では人の姿で過ごし、トールの手を借りなくても歩けるようになっていた。走るのはまだ難しかった。

 ただ、全然しゃべらない。しゃべる気は無いらしい。トール達とは念話ができるんだろうけど、ロムとの意思の疎通は身振り手振りで行っていた。


 保護区に帰ると小鳥の姿に戻ってロムの部屋に居るけれど、祭が始まってからは外に居る事の方が多い。今、彼女に一番接しているのはトールだった。

 だからだろうか。リンドはアドルがロムにくれた使い魔だけど、自分のものという感じは全然しなくなっていた。人の姿にもなれるものだから、余計にそう思う。歳の頃も10歳前後に見えるから、同世代の友達が増えたという感覚が一番近い。




 武術大会の方は、準々決勝は難なく勝ち、五日目の朝に刀鍛冶の試合をみんなで見に来ていた。自分の対戦相手と刀鍛冶の事しか気にしていないので、今日彼が戦う相手がどんな人なのか全く知らなかった。

 試合場には刀鍛冶しかおらず、対戦相手は遅れているようだった。




「あれ? アイラスは?」


 ふと後ろを振り返ると、アイラスが居なかった。試合場の方ばかり見ていて気付かなかった。

 リンドが無言で受付近くを指さし、そちらに目をやるとアイラスが黒髪の少年の手を引いていた。


「あやつ、何をやっとるのじゃ……」


 試合用の武器の山から、アイラスは刀を取って重そうに持ち上げた。それを少年の手に触れさせると、彼は視線を向けずに手探りで握りしめた。


「あの子、目が見えないのかな……。武器を選んだということは、対戦相手だと思うけど」


 盲目だから、アイラスは手助けをしているのだろうか。彼女らしいとは思うけれど、なんとなく面白くなかった。


「見えずとも戦えるのかのう?」

「そりゃあ……準決勝まで勝ち上がって来てるんだし……」


 試合開始の合図に、二人は会話を止めて試合場に目を向けた。刀鍛冶と少年が対峙していた。




 先に仕掛けたのは刀鍛冶の方だった。一気に距離を詰め、袈裟懸けに斬りつけた。

 殺気がみなぎっている。今まで見た彼の試合で、ここまで本気になっているのは見たことがなかった。あの少年の実力が、それなりにあるという事なのだろう。


 ぼんやりとしていた少年の表情が一変した。振り下ろされた刀を斜めに受け、力を逃がしながら剣筋を外した。

 漆黒の目は、まっすぐに刀鍛冶を見据えている。まるで見えているかのようだった。彼からも殺気を感じた。


 ——やばい。


 ロムは観客席の柵を飛び越えた。後ろからトールが止める声が聞こえたが、そんな場合ではなかった。


 ——殺される。


 少年が刀を横に一閃に振るい、刀鍛冶が後ろに跳び退った。一瞬遅れて、彼の利き腕から血が噴水のように噴き出した。深い。動脈が切れている。審判が試合を中止するように呼び掛けたが、少年は刀鍛冶に詰め寄り、得物を振り上げた。

 刀鍛冶はうずくまったまま動かない。いや、貧血を起こして立ち上がれないんだ。




 金属音と観客席からの悲鳴が響きわたった。ロムは少年の刀を短刀で受け止めていた。

 力はそれほど強くない。腕力ではなく技で戦うタイプで、自分と似た感じがした。


 少年は、突然現れたロムに戸惑っているようだった。つばぜり合いをしながら、にらみつけてきた。目は見えていない。見ているのは気配だ。ロムの顔ではなく、もっと心の奥を見透かされているように感じた。


「お前……」

「もう勝負はついている。君の勝ちだよ。殺しちゃだめだ」

「先、そいつ、オレ、殺そうとした」

「本気じゃない。この人の悪い癖なんだ。君の本当の力が見たくて、挑発しただけなんだよ。刀を引いて」




 込められていた力が、がくんと抜けた。少年は刀を鞘に納めた。ロムも短刀を納めて、小さく息を吐いた。


「それは、わからなかった。悪かった」

「いや……わしも、悪かった……」


 少年が何かを呟いた。この意味のわからない言葉は、トールやニーナがよく使う。

 刀鍛冶の腕にきらきらと小さな光が舞い降り、その傷口がふさがっていった。


「君は魔法使いなの?」

「傷、治した。血、戻らない。休め」


 少年は周囲を探るように頭を回し、アイラスが居る方向で止めた。こんな大勢の中から、特定の誰かの気配が判別できるのかと驚いた。ただ、その相手がアイラスだと思うと、少しだけ不愉快だった。




 少年は、刀の鞘で足元を確認しながら歩いていった。試合場のふちまで来て、どうやって降りるか思案している。

 仕方なく、ロムは声をかけた。


「階段はこっちだよ」


 少年の手を取りながら、明後日の決勝戦は彼と戦うのかと考えていた。

 勝てる? と自分に聞いてみたが、答えはわからなかった。はっきり言えるのは、盲目であるという事はハンデにはならず、もし武術大会で魔法の使用が許可されていたら、勝てる可能性はかなり低いという事だけだった。

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