少女達は光の花を見た

 部屋の照明が落ち、窓が黒く染まり、床も壁も見えないくらいの暗闇に包まれた。

 不安になって伸ばした手を誰かが掴んだ。アイラスには、顔が見えなくてもそれが誰の手かわかった。


「ロムは見えるの?」

「少しだけね。……よく俺だってわかったね」


 そりゃあ、いつも全身全霊で感触を確かめているから。でもそんな事は間違っても口に出せない。


「ニーナは何をする気なのかな」

「なんだろうネ」


 そう答えたけれど、アイラスにはなんとなく想像がついていた。ニーナには、あの事を話していたから。




 急に、上の方に光が灯って弾けた。室内なのに、それは遠く空高くに思えた。

 その光の一滴一滴が、息を飲むほど煌めいて大輪の花となった。花は夢のようにはかなく、一瞬開いて消えていった。


「花火だ……」

「ロムがこれが好きと聞いたの。こういう楽しむためだけの魔法は、滅多に使わないのだけどね。アイラスに感謝しなさい」


 そう話している間も、光の花はどんどん開いては消えていった。

 横に目をやると、ロムが目を大きく開けて上を見つめていた。光が赤や緑へと色を変えるたびに、彼の頬は様々な色に変化していった。




 長い花火が終わって部屋に明るさが戻ると、トールが首を押さえて言った。


「ずっと上を向いておったら、首が痛うなってきたわ」

「別にトールは無理して見なくても良かったのよ? ロムに見せたかっただけなのだから」


 ニーナはいちいちトールに手厳しい。彼女がそんな風に振る舞うのはトールに対してだけなので、親しさゆえなのかなと思う。ホークとはどんな感じに話しているんだろう。見た事がないけれど、頼んでも教えてくれない気がした。


「ニーナ、ありがとう。すごく綺麗だった……」


 ロムが少し上気した顔でそう言って、胸に手を当てて目を閉じた。思い出している光景は今見たものなのか、それともシンの花火だろうか。

 アイラスは、魔法が使えるようになったらいつでも見せてあげるよと、心の中で呟いた。




「そろそろお開きかしら? ロム、締めの言葉をお願いするわ」

「え、俺?」

「だって主役でしょう?」

「えぇ……何話していいか、わからないよ……」

「思ったまま言えばいいんだよ。どうせ全員身内みてえなモンじゃねえか。少々変な事を言っても、笑い話のネタにされるだけだ」

「それが嫌なんだけど……」




 文句を言いながらも、ロムは諦めて話し始めた。


「えっと……今日は、俺のために集まってくれて、ありがとう」


 声が小さいが、みんな近くに居るので聞き取れないほどではない。

 でも彼はそう言った後、次の言葉を探して目を泳がせていた。みんな黙って待っている。一部、楽しそうにニヤニヤしている人も居る。




 思えば今日来てくれた人と、招いたけど来られなかった人も含めて、ほとんどアイラスも良く知っている。ロムとどうやって出会ったのかまで一緒に見てきた。それが全てここ半年の出来事なのだから、それまで彼には親しい知り合いがほとんど居なかった事になる。


 国が滅んでこの街に流れて来たロムもまた、アイラスと同じく異邦人だったのだと改めて思い知った。だから彼は、来たばかりの自分に優しくしてくれたんだろうか。それは同情だろうか。

 それ以上を期待している自分に気が付いて、アイラスは首を横に振った。




 言葉を何度も選び、ロムはようやく話し始めた。


「……この一年は、悪い事もあったけど、それ以上に良い事も、たくさんあって。生まれてきて良かったって思える事もあったんだ。そう思えたのは、ここにいるみんなのおかげだから……だから、今日は本当にありがとう」

「次も素敵な一年になると良いわね」

「うん、ありがとう」


 幸せそうに笑うロムを見て、来年もまた同じように祝いたいと心の底から願った。来年は、もう少しまともな贈り物を用意しようと密かに決意した。




「じゃあ、ロムとアイラス以外は片付けを手伝ってね」

「私も手伝うヨ」

「だめよ。病み上がりでしょう? 明々後日には百年祭も始まるのだから。体調は万全に整えておかないと楽しめないでしょう?」

「そういやロムは百年祭の武術大会に出るんだろ? 頑張れよ」

「……は? 出ないよ?」

「でも申し込みに行ったら、もう登録してあったぞ。自分でやったんだろ?」

「俺は申し込んでないよ? 何かの間違いじゃない? ていうか無断でそういう事しないでよ」

「あ、登録したの僕」


 アドルが無邪気な笑顔で答えて、ロムの顔色が変わった。驚きか怒りか、手が震えてろれつも回っていない。


「な、な、何を、勝手に……!」

「だって、父上に言われたんだよ。お前のお気に入りの騎士は出ないのかって」

「王にも注目されてんのか。よかったじゃねえか」

「いや、全然よくない! 俺はもっと地味に生きたいんだよ!」

「そんな事言わずに頑張ってよ。優勝者の副賞決めたの僕なんだよ? 賞金だけじゃ、やる気になってくれそうにないからさ。ロムが喜びそうなのにしておいたからね」

「……俺が喜びそうって、何?」

「王家ご用達の服飾店のチケットだよ。式服でも何でも好きなのを仕立ててもらえる。普通はお金があってもコネがないと、注文できないお店だからね」

「服なんかいらないよ……」

「そう? チケットは無記名だよ? 自分で使わなくても……ね?」


 アドルは含みを持たせて笑い、ロムははっと何かを思いついて考え込んでいた。アイラスには意味がわからなかった。


「わかった……出る。なんかはめられた気もするけど」

「よかったぁ。頑張ってね!」

「せっかくアイラスと祭を見て回ることにしてたのに……」

「気にしなくていいヨ! ロムの応援するネ」

「大会はトーナメント式で、祭がある一週間かけて行われるから、自分の出番の時だけ行けば大丈夫。他を見る時間もたっぷりあると思うよ」


 それはそれで嬉しいけれど、ロムを疲れさせないようにしなければと思った。


「まさか、レヴィは出ないよね……? もし出るなら、優勝が絶望的になるんだけど……」

「へえ? 俺以外には勝てるってか」

「そうは言ってないけど……」

「心配しなくても出ねえよ。俺は画家だ。剣じゃなくて筆で稼ぎたいんだよ。副賞も興味ねーし」

「欲しい服があるなら、僕が贈りますよ?」

「ま、間に合ってるよ……」


 最近アドルはレヴィに対して積極的だ。レヴィが押され気味で戸惑っているように見える。やっぱり叙勲式の後の饗宴で、二人の仲はほんの少し進展したのだろう。将来はわからないけれど、今アドルはとても幸せそうで良かったなと思う。




「じゃあ、俺達は先に帰るよ。早くアイラスに休んで欲しいし……」

「私、大丈夫だヨ?」

「気持ちが張ってるからそう思うだけだよ。病み上がりなのに、今日は一日頑張ったんだから……早く帰ろう」

「わしの夕食の心配はせんでええからの。自分の事が終わったら先に寝ておいて構わぬ」

「ウン、わかった。ありがとう」




 アイラスは、保護区まで二人きりで帰れることが、何よりも嬉しかった。

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