少女は贈り物をあげた

 贈り物は小さな封筒と小さな布の袋だけになった。ニーナは終わった後に魔法で何かしてくれるので、残るはアイラスとトールということになる。これまでが、どれも素敵な贈り物だったので、アイラスはすっかり気が滅入ってしまっていた。


 ロムが手に取ったのは小さな袋。アイラスじゃない方だった。


「これは、アイラス? トール?」

「わしじゃ」


 開けると、中から赤い石のイヤリングが一対出てきた。


「これ、トールのと同じ……? お揃いだね」


 ロムが嬉しそうに笑って、耳に付けようとした。


「待て! おぬしが付けるのは片方だけじゃ。もう一つはアイラスが付けよ」

「私……?」

「どっちがどっちじゃったかのう……反対に付けると魔法が作用しないからの」

「魔法具なの? 俺、魔法使いじゃないよ?」

「名無しが魔法使いと連絡を取るための道具じゃ」

「なんで同じ形にしたんだ? わからなくなるじゃねえか」

「お揃いだと喜ぶのではと……」

「それにしたって、自分のイヤリングとも同じにすることはなかったんじゃなくて? 嬉しいのはトールだけじゃないかしら?」

「うるさいのう……わしが用意したのじゃから,わしの好きにしていいじゃろうが! ……うむ、こちらがロムじゃ。こちらはアイラスが付けよ」


 アイラスは、差し出されたイヤリングを左耳に付けた。


「待って。アイラスは右に付けなさい。ロムは左よ」

「なんで?」

「片耳のイヤリングには意味があるのよ。左は守る人、右は守られる人」

「わしは左じゃが……」

「トールはどうでもいいの」

「どうでも……」

「ロムがアイラスを守るなんて、なんだか素敵じゃない?」


 思わずロムを見た。彼も見ていたので目が合った。照れくさくて、うつむいてしまった。そのままの恰好で右耳にイヤリングを付けた。顔を上げると、ロムも左耳に付け終わっていた。


「このイヤリング、どうやって使うの?」

「イヤリングではなく石が本体なのじゃ。名無しの心を信号にして、対となる石に最も近い位置にいる魔法使いに届けることができる。あまり複雑な感情は送れぬぞ」

「じゃあ、俺から送るだけなの? 届いたかどうかも確認できない?」

「そういう事になるわね」

「便利なようで不便だな」


「使う時はまず、石を肌に触れさせる。こう……手で押さえるとよい」


 トールが自分の左耳についたイヤリングを手で押さえた。獣の耳がぺたんと折れて可愛い。


「それから、魔法を使う時のように想像して……名無しには説明しにくいの。心をこめるというかのう……」


 ロムがイヤリングを手で押さえ、目を閉じた。同時に暖かい思念が伝わってきた。ぼんやりして、曖昧で、ふわふわしていた。複雑な感情を送れないというのはこういう事なのかと思った。


「届いたヨ!」

「ほんと?」

「うん! 何を思ったノ?」

「えっ……と、うん。アイラスの事を、考えただけ……」

「えー? それだけじゃわかんないよ。どういう風に考えたの?」


 アドルが意地悪そうに聞いて、ロムがあからさまに嫌がっていた。


「と、とにかく! ありがとう。これを使う時があるかはわからないけど、こうやって伝える方法ができただけでも、すごく嬉しいよ。なんかさ……」

「なんじゃ?」

「……俺だけ、仲間外れみたいな気が、ちょっと……してたから……」


 ああ、それで。とアイラスは気が付いた。やけどを治してもらった時にイライラしてたのは、そういう事なのかと理解した。でも魔法が使えないアイラスは、魔法使いとは言えないのではと思うのだけど。

 むしろアイラスは、自分こそが異端だと思っていた。もしかしたら、寿命が違うトールの方が、そう思っているかもしれない。

 自分達三人は全然違うけれど、いや違うからこそ、お互いがお互いをとても大切に感じるのだと思う。


 アイラスの思惑に関わらず、トールがロムに答えていた。


「そんな訳、あるはずなかろう」

「うん、ごめん。ありがとう!」




「じゃあ、最後に残ったこれが、アイラスから?」

「ウン……あの、ごめんネ! あんまりいいモノじゃないノ……」

「大丈夫だよ。ロムは、君のくれたものなら何でも喜ぶから」


 いや、そんなわけないでしょう。きっとガッカリする。顔を見たくなくて下を向いた。

 封筒を開ける音がして、アイラスは目を固く閉じた。




「え……これ?」

「うわぁ……」

「チョット……あんまり言わないで。自分でもダメだって、わかってるから……」

「逆だよ! 最高じゃん!」


 アドルの声に目を開けて顔を上げた。封筒から取り出したカードを見ていたロムも、顔を上げた。目が見開かれている。そんなに驚かなくたっていいのに。


「なんて書いてあるんだ?」


 レヴィが後ろからひょいと取り上げた。


「えっ? あっ、返して!」

「アイラスお前、絵は上手くても字は下手だな……えーっと? 何でも言う事を聞く券……?」

「習ったばかりなんだから、しょうがないでしょ! ていうか読まないでヨ!」

「何でも、だよ? ロム、何を頼むの?」

「いけないコトでもいいのよ?」

「なんじゃそれは?」

「わからないなら黙ってなさい」


 当の本人を差し置いて、周りが盛り上がっている。

 ロムは券を取り返そうと手を伸ばしているが、レヴィの方が背が高いので、上にあげられると届かない。


「返して! 返してよ!」

「わかったわかった。……で、何を頼むんだ?」

「な、何も頼まないよ……」


 取り戻した券を元の封筒に収めつつ、ロムは小さな声で言った。


「それだと意味が無いヨ! 何でもいいから、お願いしてネ?」

「む、無理だよ……頼めないよ……」

「頼みたい事はあるけど、言えないってことかしら?」

「そうは言ってないよ! ……大体アイラスは、俺が何か頼んでも断ったりしないし……」

「ロムが何かお願いしてくれたコトって、今まで二回しかないじゃない……」

「数えてんのかよ」

「そ……んなことないよ? 何か取ってとか、誰か呼んできてとか……」

「そういう細かいのは、数に入らないヨ! ……使ってくれないと、贈り物が何もないコトになるから、何かに使ってネ? 今すぐじゃなくてもいいから……」

「アイラスは今日の企画してくれたし、ケーキも焼いてくれたし、別に何も無くたって、十分感謝してるよ」

「じゃあ頼まないの? あーあ、つまんない」

「もう許してあげなさい。こういうことは、二人きりじゃないと言えないものよ?」


 いや待って。ニーナが何言ってるか全然わからない。


「だから、頼まないって!」

「はいはい。じゃあ最後に、私から贈り物ね」




 ニーナは聞き取れないくらい小さな声でつぶやきながら、手を払うように振った。

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