少女達はケーキを食べた

 ケーキを持って部屋に戻った。ドアを開けようとすると中から開いて、見るとレヴィが立っていた。


「遅かったな。何かあったのかと思ったぞ」

「ウン、ちょっと、失敗して……」


 レヴィは、ロムが持つケーキをちらっと見た。彼が焦げた部分を綺麗に切り取ってくれたので、ケーキは成型したかのように整っていた。


「大丈夫そうじゃねえか」

「えーと、ウン……」


 説明に困って、アイラスは作り笑いをした。

 でも食べる時には焦げ臭さがあるだろうなと思うと、アイラスはまた少し落ち込んだ。

 気持ちが下向くと、やけどした手がまた痛むような気がした。手に目を落とすと、レヴィがそれに気が付いた。


「手、どうかしたか? ……赤くなってるな」

「エェト、これは、その……やけどしちゃって」

「どれ、見せてみよ」


 トールがアイラスの手を取り、癒しの言葉を呟いて手の平に息を吹きかけた。ひんやりした風が当たり、手の赤みと痛みが消えていった。


「どうじゃ?」

「ウン、痛くなくなった。ありがとう」


 それを見ていたロムが、急に足速に歩き始めた。アイラスはあわてて後を追った。

 ロムはテーブルの上にケーキを勢いよく置いた。一瞬ケーキがお皿から浮き上がって、アイラスはひやりとした。何故かロム自身も驚いていて、皿やケーキを確認している。


「何を怒っておるのじゃ」

「べ、別に」

「わかった。ヤキモチ焼いてるんでしょ」

「あ、アドル。こんにちハ!」

「こんにちは。今日はお招きありがとう」


 にこやかに挨拶を交わすアイラスを横目で見て、ロムは呟くように言った。


「そんなんじゃ……ないよ」




 それはとても小さな声で、一番近くに居たアイラスにしか聞こえなかったと思う。

 今はイラついている感じはしないけれど、逆に自己嫌悪に陥っているように見えた。顔を下から覗き込むと、少しだけ目を合わせて、すぐそらされた。すねたような顔をしている。


「ロム、どうしたノ?」

「……自分に、ちょっと腹が立っただけ。俺じゃあアイラスを……癒せないんだなって」

「そんな事ないヨ。ロムのおかげで、すごく気持ちが軽くなったヨ」


 それからロムの耳元で、こそっとささやいた。


「焦げたの、おいしかったよネ。みんなには、秘密だヨ」


 少し驚いた顔に、精一杯笑いかけた。今度は目が合ってもそらされなかった。

 今日の主役には笑顔でいて欲しかった。そうじゃなくても、彼にはいつも笑っていて欲しい。辛い事は、もう起きないで欲しかった。

 ロムが少し安心したように微笑んだので、アイラスも安堵した。




「何コソコソ話してるの?」

「内緒! さあ、ケーキの時間だヨ!」

「よっしゃ切るか」

「レヴィ、待って! ロウソクを立てないと」

「はぁ? なんでだよ。すぐ食うんじゃねーのか」

「誕生祝いのケーキには、ロウソクを立てて火を灯すノ。火は月の光をあらわしてるんだって。吹き消して立ち上る煙は、アールヴヘイムに願いを届けてくれるんだって」


 アイラスは、用意していたロウソクを立てながら、友達からの受け売りをそのまま語った。

 アールヴヘイムとは、死者の魂が転生を待つ光の世界だと聞いている。そこには光の妖精達が住み、世界に魔法をもたらした始まりの魔法使いが眠っているとの事だった。アイラスは、その童話のような美しい風景を想像して、いつか絵に描いてみたいと思っていた。




「火を灯すのね?」

「ウン、お願い」


 ニーナが手をかざして火の魔法を唱えると、ロウソクに優しい光が灯った。


「ロム、吹き消して。全部一気に、だヨ?」

「わかった」


 ロムが息を吹きかけると、13本のロウソクの火が一度に消え、柔らかい煙が立ち上った。

 みんながおめでとうと声をかける中、アイラスは胸の前で手を組んで目を閉じた。そして彼の幸せを願った。それから目を開けて、もう一度ロムを見た。


「ロム、誕生日おめでとう」

「うん、ありがとう」

「これでやっと食えるのか」

「レヴィさん、ハニーケーキが好きなんですか?」

「嫌いじゃないな」

「この子は昔っから、甘いものに目が無いわよ?」

「そうなんですね! 今度、甘いお菓子を持って工房に行きますね」

「おい! 余計な事、言うんじゃねーよ!」


 文句を言いながら、レヴィはいそいそと切り分けている。やたらとケーキを気にしていたのは、そういう事だったのかと笑ってしまった。

 ロムを見ると、アドルの言う甘いお菓子が気になっているようで、そわそわしていた。




 ケーキは概ね好評で、みんなすぐ食べ終わった。焦げ臭さはそれほど気にならず、少し香ばしいだけだった。


 メモを見ると、ケーキが終わると贈り物を開ける事になっている。アイラスはあまりいい物を用意できなかったので、ちょっと億劫だった。


 贈り物をまとめて持って来て、ロムに一つずつ選んでもらう。自分のは最後がいいな。いや最初の方がダメージが少ないかな。アイラスの思いをよそに、ロムは一番大きな包みを選んだ。


「それはホークからね。本人はもう帰っちゃったけど……」

「マフラー……だ」

「これから寒くなるから、よかったネ!」

「お前、似たようなの持ってなかったか?」

「討伐戦の時に紐代わりに使っちゃって、今は持ってないんだけど、でも……」

「何故あやつはそんな事まで把握しておるのじゃ?」

「ほんとだよ……」

「さっき帰った人?」

「うん、保護区の先生なノ」

「ふ~ん……」




 次にロムが手に取ったのは、小さな四角い包みだった。開けてみると、丸や四角、星の形をした小さな白い塊が、いくつも入っていた。


「……あっ! 干菓子だ!」

「何それ? おもちゃ?」

「違うよ。砂糖を固めたシンのお菓子だよ。これ、誰から?」

「俺だな」

「ありがとう、レヴィ! すごく嬉しいよ! どこに売ってたの? 俺、これ大好きなんだ。こっちでも手に入るとは思わなかった」

「作ったんだよ」

「……えっ。作れるの……?」

「砂糖と水がありゃ作れるぞ」

「そうなんだ……うわぁ……勿体なくて食べられない……」

「おいしそうね。一つもらってもいいかしら?」

「本人が勿体なくて食べられぬと言っておるのに、ずうずうしいにも程があるぞ!」

「いいよ、みんなにも食べて欲しい。すごくおいしいよ。一個ずつ食べよう」


 アイラスは丸いのをもらって口に放り込んだ。しゅわっと溶けて、控え目な甘さが口の中に広がった。ロムの幸せそうな笑顔を見て、レヴィに作り方を教えてもらおうと思った。




「割り込むけど、僕から贈り物をあげていい?」

「うん、いいケド……でもアドルのは預かってないヨ?」

「ちょっと待ってね」


 アドルは窓を開けて口笛を吹いた。すぐに、黄色い小鳥が飛んできた。


「あ、その鳥……」

「そう。前にロムに手紙を届けてくれた子だよ。実を言うと僕、贈り物を思いつかなくて。だから、この子をあげる。何か欲しい物が出来たら、この子を通じて教えてほしいんだ。もちろん、それ以外でも使っていいからね」

「でもその鳥、宮廷魔術師の使い魔でしょ? いいの?」

「許可はもらってるよ。別にこの子を指定したわけじゃないんだけど、ロムにあげる鳥の使い魔を用立てて欲しいって頼んだら、この子が立候補したらしいんだ。ロムの事が気に入ってるみたいだね」


 ロムが手を差し出すと、小鳥は嬉しそうに飛び乗った。


「ありがとう。アドルと連絡取りづらいなって思ってたんだ。名前は何て言うの?」

「名前、付けてなかったみたいだよ。目印の宝石もないでしょ? 使い魔として登録もされてないんだ」

「そういう事ってあるノ?」

「あまりにも小さな使い魔だと、取るに足りない存在ってことで登録しない事はあるわね」

「じゃあ、俺が名前付けていい?」

「僕に聞かないでよ。目の前に本人が居るんだから」

「そうだよね。……ねえ、名前付けていい?」


 小鳥はピィと一声鳴いたが、肯定か否定かわからなかった。念話で聞く事はできるけど、今後ロムが世話をするなら余計な手助けはしない方がいいかと思う。同じ考えなのか、トールもニーナも無言だった。


「この子は話せないけど、言葉は理解できるからね。合図を決めて聞けばいいんだよ」

「あ、そっか。……はいなら一声、いいえなら二声で答えてね? ……名前、付けていい?」


 小鳥は嬉しそうに一声鳴いた。

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