少女はケーキを焼いた

 ロムは、上品な光沢を放つ真っ白な礼服を着こなし、生まれながらの貴族のように見えた。アイラスの目には、二割増し眩しく映った。


「馬子にも衣装だな」

「それ前も言ったよね」


 レヴィがロムにグラスを渡し、全員にいきわたった。


「アドルは少し遅れるらしいからの、先に始めるとしよう」

「乾杯の挨拶は誰がするんだ?」

「エェト……主役以外で一番身分の高い人だから……本当はアドルだケド、まだ来てないから、ニーナかナ?」

「あら? 私なの?」

「うん、ごめんネ。あらかじめ頼んでおかないと、ダメだったよネ……」

「大丈夫よ。では……」


 ニーナは咳ばらいを一つして、話し始めた。


「アイラス、今日はこんな素敵な誕生会を催してくれてありがとう。みんなも、ロムのために来てくれてありがとう。二年と……半年前かしら? 彼がこの街に来た時は、とんだ問題児が来たとうんざりしたものよ」


 想定外の毒舌に、ロムは恥ずかしそうにしていて、周りのみんなは笑っていた。


「でも今、彼にはこんなに素敵な友人ができた。私も嬉しいわ。本当よ? ロムの今後の活躍と幸せを願って、乾杯とさせていただくわ。——乾杯!」


 全員がグラスを掲げて乾杯した。アイラスはほんの少し舐めるだけにしておいた。それでも舌がピリピリする。ロムは平気で飲み干していた。




「じゃあ私、ケーキ焼いてくるカラ」


 レヴィにだけそう言って、アイラスはこっそり部屋を出た。

 本当は保護区で焼いて持ってきたかった。でもなんとなくサプライズにしたくて、そうするとロムの目を盗んで焼く事ができず、結局こういうことになった。

 今が忙しくなってしまったけれど、彼の驚く姿が見られたのだから、これでよかったと思っていた。




 誕生祝い用のハニーケーキは何度か焼いた事があるから、手順は記憶していた。材料はニーナが使いやすく用意してくれていた。器具も揃っている。

 厨房に入って30分後には、生地を型に流してかまどに入れていた。後は焼き上がるのを待つだけ。




 手持ち無沙汰なので、みんなの様子をトールに聞いてみようと思った時、ロムが厨房に入ってきた。


「ここに居たの。どこ行ったのかと思ってたよ」

「主役が抜けだしてきて、いいノ?」

「みんなお酒が進んでいい気分になってるから、俺が居なくても平気だよ」


 そういうロムも少し赤い顔をしている。暑いのか、襟元を緩めていた。何なのその色気は。


「ロムも、たくさん飲んだノ?」

「お付き合いで、少しだけ。俺は別に、お酒が好きなわけじゃないから」


 そう言って、アイラスの隣に椅子を持って来て座った。少し潤んだ目でこちらを見つめてくる。距離が近い。


「な、ナニ?」

「ううん、今日も可愛いなと思って」

「……ロム、酔っぱらってるでしょ」

「そうかなぁ……」


 ニコニコしたロムが視線を外さないので、アイラスは全力で目をそらした。沈黙が気まずいので、話題を探した。




「あ、アドルは、まだ来てないノ?」

「さっき来たよ。入れ替わりで先生が帰っちゃった。なんか用事があるんだって」

「それなら、ロムは戻った方がいいんじゃないノ?」

「アドルはレヴィに夢中だから問題ないよ」

「そ、そう……」

「アイラス」


 呼ばれて振り向くと、間近にロムの顔があった。さっきより近い。近すぎる。少しお酒の匂いがする。


「は、ハイ?」

「なんか焦げ臭いけど」

「エッ!?」


 かまどから煙が出ていた。

 あわてて開けようとして、素手で鉄の扉を掴んでしまった。


「あっつ……」

「アイラス! 落ち着いて」


 ロムに腕を掴まれて、隅の水場に連れていかれた。井戸から桶を引っ張り上げ、冷たい水の中にアイラスのやけどした手を突っ込んだ。


「しばらくそのままにしててね」


 酔っぱらっているとは思えない足取りで、ロムはかまどの前にいった。ミトンをはめて扉を開き、中のケーキを取り出した。上が黒く焦げていた。


「少し、焦げちゃったね……」

「少しじゃないヨ……これじゃあ食べられない……ごめんネ……」

「大丈夫だよ」


 ロムはそう言って、ケーキを型からはずし、お皿の上に乗せた。ナイフを持って来て、上の焦げた部分をそぎ落とした。


「ほら、焦げたのは上だけだよ。中はとても綺麗。きめ細かくて、ダマもないし、奥までちゃんと火が通ってる」

「でもきっと、焦げた匂いが、染みついてるヨ……。お祝いのケーキなのに……ごめんネ。いつもはこんな失敗、しないのに……」

「保護区の厨房とは火力が違ったんだよ。お菓子って、少しの違いでも上手くいかないから仕方ないよ。それより、手は大丈夫?」


 赤くなった指と手の平は痛かったが、それより心が痛かった。返事をしなかったので、ロムが心配して近寄ってきた。


「……痛む?」

「大丈夫。……ロムもお菓子とか、作るノ?」

「作るのは、そんなに得意じゃないかな。何度か試したけど、まともにできた事なくて。でも甘いお菓子は好きだから」


 それは新情報だ。次に何かお祝いする時は、とびっきり甘いお菓子にしようと思った。




「そんなに酷く焦げてないから、これもこうすれば食べられるよ」


 ロムは、そぎ落とした焦げを手で一口大にちぎり、余っていたはちみつをかけた。それにフォークを刺して、ぱくっと食べた。


「おいしい! アイラスもどうぞ」


 差し出されたお皿を受け取ったけど、右手は水につけたままなので食べられない。


「ごめん! その状態だと食べられないよね」


 ロムが笑いながら、はちみつが滴る欠片にフォークを刺して、口に入れてくれた。香ばしい甘さが口の中に広がった。


「おいしいよね?」

「ウン……」

「みんなには内緒で、二人で食べちゃおう」


 いたずらっぽい笑顔に、沈んだ気持ちが浮上してきた。

 こういった失敗も、後々は良い思い出になっているかもしれない。きっとそうだと、今は思っておこう。

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