少女は誕生会を開催した

 今日はロムの誕生会をする。本人は明日だと思っている。だから今日は、何とかして彼をニーナの館に連れて行かないといけない。

 ロムは最近ニーナに呼ばれてないから、呼び出されたという嘘は疑われる可能性が高い。だったら、アイラスが呼ばれたことにして同行を頼めば、ついてきてくれるかもしれない。ダメだった場合に詰むけれど。




 朝食の時に、緊張しながら聞いてみた。


「ロム、あのネ……今日、私、ニーナに呼ばれてるんだ……」

「そうなの? なんの用事?」

「それは、わからないんだケド……」


 なんて切り出そう。ついて来てほしいとストレートに言えばいいのかな。言葉を選んでいると、ロムの方から言ってきた。


「わかった。一緒に行くよ。朝ご飯食べ終わったらすぐ行く? お弁当、頼んだ方がいいのかな」

「お、お弁当は、いらないヨ! ニーナがご馳走してくれるんだって! だから行くのもお昼前……エェト、10時くらいカナ?」

「へえ……珍しいね」


 あぶない。昼食は向こうに用意してあるのだから、持っていっても無駄なだけだ。あわてたので、声が上ずってしまった。怪しかったかなと思ったけれど、ロムは何も言わなかった。


 トールから、もっと上手く言えないのかと呆れた思いが伝わってきた。人の事を言えるのかと反論しておいた。




 約束の時刻が近づき、三人は保護区を出た。


「もう大丈夫そうだけど、もし辛くなったらすぐ言ってね。病み上がりなんだから」

「ウン、ありがとう」


 手を繋ぎたいと思ったけれど、言い出せなかった。手持ち無沙汰で、思わずロムのマントの端を掴んだ。


「……どうしたの?」

「あ、ううん、何でもナイ……」


 気落ちして離した手を追いかけて、ロムが手を繋いできた。驚いて見ると目が合って、彼も少し驚いたようだった。うつむき加減で、遠慮がちに話し始めた。


「ごめん。嫌だったら、言ってね。……手を繋ぐと、痛みや辛さを和らげることができるんだって。怪我や病気の人の手を握ってあげるといいって、教えてもらった事があるから……」


 その上目遣いは反則でしょと思いながら、無言のまま頷いた。気まずさを感じるが、これは自分だけなんだろうなと思う。


 以前は、もっと自然に手を繋いでいた気がする。ここ数日、ロムの動き一つ一つがやけに気になっていた。彼の態度は変わらないのだから、自分だけが意識過剰なのは明らかだ。前みたいに普通に接したいのだけど、どうすればいいかわからなかった。


 そうは思ってもロムの手のぬくもりは心地よく、気持ちも落ち着いてきた。トールのニヤニヤした顔だけが、アイラスには面白くなかった。




「おー、お前らも行くとこなのか」


 ふいに聞き覚えがある声がかかり、振り返るとレヴィが居た。叙勲式の時と同じドレスを着て、ショールを羽織っていた。


「遅れたかと思ったが、主役がここに居るなら大丈夫だな」

「主役? アイラスが何の主役なの? ていうか何? その恰好……」


 やばい。ロムに見えない位置から、レヴィに向かって首を横に振った。察したのかどうかわからないけれど、レヴィは曖昧に答えた。


「まあ、行けばわかるさ」

「ふ~ん……」




 ニーナの館に着くと、アドル以外は揃っていた。といっても来るのは、レヴィの他はホークとアドルしかいない。刀鍛冶と物見塔のおじさん、それに騎士団長も呼んだのだけど、仕事やら何やらで断られてしまった。三人とも残念がっていたらしいので、祝いたい気持ちはあったんだと思う。もっと早く招待状を出しておけば良かったと後悔した。

 とにかく、そんな訳だから全員揃っても7人。ロムの交友関係は狭く深くといった感じだと思う。


「えっ? あれ……? もしかして……」


 いつもと違う部屋に通され、食卓の上に並んだご馳走を見て、着飾ったみんなを見て、ロムもさすがに気づいたようだ。口を押さえて少し赤くなっている。


「うん、今日、誕生会するノ!」

「……俺の誕生日、明日だよ? ……やるなら明日かと思ってた」

「明日だとアドルの都合がつかんでの」

「アドルも来るの? なんか、大ごとだなぁ……」

「とりあえず礼服に着替えよ。わしが持って来ておるでな」

「トールとアイラスはいつも通りじゃん。俺もこのままでいいよ」

「わしらはどうでも良い。主役はおぬしなのじゃからな」

「どうしても、着替えなきゃダメ?」

「ダメ!!」


 大声で言ってしまい、大人達に苦笑された。ホークが笑いを堪えながら言った。


「諦めたまえ」


 ロムは観念して、着替えるためにトールと一緒に部屋を出て行った。




「今日は呼んでくれてありがとう。お祝いは先に渡すのかな?」

「こちらこそ、来てくれて、ありがとうございマス!」


 アイラスは誕生会の手順が書かれた紙を取り出した。保護区の友達が書いてくれたものだ。


「エット……お祝いは、最初に集めておいて、後でまとめて渡すみたイ。だから、今もらっておきますネ」


 アイラスがホークと話していると、トールがおもしろく無いような顔で見ていた。彼はまだホークが苦手なんだろうか。招待状をお願いした時も渋っていた。


 でもホークだって、少し歪んではいるけれどロムを大切に思ってくれている。だから一緒に祝ってほしかった。

 それにホークを呼んだら、ニーナが嬉しいかなとも考えていた。彼らは恋人同士だと聞いているけれど、あまり会う機会がないように思えた。だからか今は、彼らは常に近くに居る。


 とにかく、ホークからお祝いを受け取った。ニーナは魔法で何かするようで、物としては用意していなかった。

 レヴィと自分の分を合わせて、祝いの品を一ヶ所に置いていたら、レヴィがメモをひょいと取り上げた。


「最初に乾杯して、食事の後にケーキか。ケーキなんて見当たらねえけど、どこにあるんだ?」

「まだ無いノ。ここの厨房で焼こうと思って、準備はしてあるカラ。一時間くらいで出来ると思う。その間みんなは、お話しながら食事して、待っててほしいノ」

「忙しいな。手伝える事はあるか?」

「じゃあ、乾杯のグラスを、用意してもらってもイイ?」

「そうじゃなくてケーキの方だって」

「そっちは大丈夫! いいお祝いを用意できなかったカラ、せめてケーキは私が焼きたいノ」

「病み上がりなんだから無理するなよ。グラスの用意はしとくぜ」

「ウン!」




 レヴィが手際よく、グラスに炭酸の効いた飲み物を注ぎ始めた。あれはアイラスが準備したものではないけれど、もしかしてお酒なんじゃないだろうか。ロムの誕生会なのに、お酒はどうなんだと思って聞いてみた。


「ああ、酒だ。でもロムは飲めたはずだが……アイラスは一口だけにしとけよ」

「エッ、ロムはお酒、飲めるノ?」

「毒と酒には慣らされてるって言ってたからな。好きかどうかは知らねえ」


 毒なんて物騒なと思ったけど、ロムはそういう環境に居たのだと、普段忘れている事を思い出した。いや、忘れているくらいが彼にとってはいいのかもしれない。




 そうこうしているうちに、ロムが戻ってきた。

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