祭
少年は祭に足を運んだ
百年祭が始まった。
ロム達は、食堂で朝食を食べている時に始まりを告げる大砲の音を聞いた。アイラスがあわててパンを口に詰め込んでいる。
「急がなくても祭は逃げないよ。何か見たい物があるの?」
口に入れたパンを急いで飲み込んで、アイラスは恥ずかしそうに言った。
「そういう訳じゃないケド……何があるのか知らないし」
「毎年ある収穫祭を兼ねてて、それを派手にした感じらしいよ。俺も収穫祭は行った事無いから、よく知らないんだけど……」
「行った事無いノ?」
余計な事を言った。祭に興味が無いと思われたらどうしよう。いやそれは半分当たっているのだけど、今年はアイラスと一緒に行きたいと思っているのも事実だ。
「うん、えっと……言ったじゃん。一緒に行く人が居なかったからって……」
「じゃあ、私達みんな同じ、初めてだネ」
そう言って笑った顔は、どこか大人びていた。
アイラスは時々、10歳とは思えない表情をすることがある。彼女に植えつけられた記憶のせいなんだろうか。夢の中で見た彼女はロムより大人に見えた。あの人の記憶がアイラスの中にあるのだとしたら、自分なんか子供に感じるんじゃないかなと思った。
朝食を終えて祭用のお小遣いと昼食代をもらっていると、アイラスの友達から声がかかった。
一緒に行かないかと誘われ、アイラスが断っていたのが少し気になった。保護区を出てから聞こうとしたら、人の姿になったトールの方が先に口を開いた。
「先程の誘い、断ってしもうて良かったのか?」
「いいヨ。だってロムと先に約束したんだから」
「でも……そのせいで、アイラスが仲間外れにされたり、しない?」
「そんな事されないヨ! そんな事してくるような子は友達じゃない」
「皆で一緒に行くという手もあったのではないか?」
「でもあの子達、ホーク先生の引率で行くんだヨ? 二人とも平気?」
「……それは嫌」
「……嫌じゃ」
「でしょ?」
やっぱりアイラスは色々わかってて、見た目よりずっと大人だ。彼女が特別なのか、女の子はみんなそうなのか、ロムにはわからなかった。
お金と一緒に渡された街の地図を見ると、露店が立ち並ぶ通りに印がつけてあり、聖堂前の広場には子供向けの遊具が多数設置してあるとあった。劇場では建国王の活躍劇が上演され、野外音楽特設ステージでも様々な楽団が催しをするようだ。
「どこから行く?」
「武術大会はどうなっておるのじゃ?」
「俺は一回戦は無いって聞いてる。シードだって」
「それって優秀ってことじゃないノ?」
「え……どうだろ? とにかく最初は試合はないんだって。二日目の終わりに進み具合を確認しに行けばいいって聞いてる」
「組み合わせは発表されておるのか?」
「今朝、張り出されてるはずだけど……」
「じゃあそれ見に行こう! お腹は空いてないシ、劇やコンサートもまだ始まらないカラ」
会場となる町外れの広場に来ると、すでに一回戦が始まっているようだった。
張り出されたトーナメント表を見ると、確かにロムの名前が一番下にあった。
「アレ? この人……」
アイラスが一番上の名前を指さしていた。見ると、刀鍛冶の名前が書いてあった。
「あの人も出るんだ……」
「こういうのって、両端に強い人を配置するんだよネ?」
「えっ? そうなの? ……あっ、強者同士が序盤で当たらないようにするため?」
「ウン、そうだと思う」
「こやつ知り合いか? 強いのか?」
「うん、まあ……でも負けはしないと思うよ」
本当に刀鍛冶が一番強い見込みなら、優勝はそんなに難しくないかもしれない。一度戦った事のある彼の事を思い出した。確かに強かったが、負ける気はしなかった。
ふいに名前を呼ばれた気がして振り返ると、噂の刀鍛冶が立っていた。
「お前も……出るのだな……」
「それは俺の台詞ですよ。賞金狙いですか?」
「いや……妻に……副賞を捧げたい……」
「妻……? 結婚してたんですか? 相手は……」
「最近、お前が……冒険者ギルドに……顔を見せないと……寂しがっていた……」
「ギルド……」
ギルドでそんな事を言う人は一人しかいなかった。
「受付のお姉さん?」
刀鍛冶は無言で頷いた。あの綺麗なお姉さんと熊のような彼が並ぶ様子は、ロムにも想像がつかなかった。
「もう一回戦は終わったんですか?」
また、無言で頷いた。相変わらず口数が少ない人だ。
「勝ったんですよね?」
「お前とレヴィ以外に……負ける気は、しない……」
「レヴィと同等に見てもらえるほど、俺は強くないですよ……」
刀鍛冶はふっと笑い、片手を上げて去っていった。ロムもお辞儀して見送った。
「他に試合を見たい人は居ないノ?」
「うん、知ってる人はいない」
「では、露店にゆかぬか? わしは腹が減った」
「早いね」
ロムは笑いながら、大通り向かって歩き始めた。
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