少女は準備をした

 トールがアドルと連絡を取ってくれて、彼が出席できるのはロムの誕生日の前日だけだとわかった。一日早いけどその日に行うことにした。招待状を書き、トールに配ってもらっていた。




「トールはニーナのところに行ってるの?」

「えっ、あっ、ウン」


 唐突に聞かれ、ベッドに寝たままのアイラスは焦って答えた。本当は招待状を配りに行ってるけど、そこはなんとなく秘密にしたかった。


「えぇト、呪物の事で、何か話があるみたいだヨ? 私も行きたかったけど、大人しく寝とけって……」

「そうだよね。俺みたいにぶり返すといけないから」

「う、うん」


 なんの疑いもなく返されると、少し良心が痛んだ。


「どうして行きたいの?」

「えっト……ほら、ニーナ、言ってたじゃん。私でも自分の魔力で、魔法が使える方法があるって」

「アイラスは、魔法が使いたいの?」

「魔法が使いたいっていうか……トールに知識を伝えたイ。魔法を使うことでしか、伝えられないみたいだかラ……」

「ふ~ん……」


 口から出まかせの理由がバレないか心配になって、寝返りをうつ振りをして視線を外した。


「アイラスが魔法が使えるようになったら、俺も頼みたい魔法があるなぁ」

「……何ソレ?」

「前にニーナが見せてくれた、花火みたいな魔法」

「……花火?」

「本来は、火薬を使って火のお花みたいなのを作るんだけど、ニーナが前に魔法で同じようなのを見せてくれたんだ」

「花火っていうのは、シンであったものなノ?」

「うん。お祭りの日には、大きなのが空に打ち上げられてた」

「トールはできないノ?」

「一回聞いたんだけど、知らないって。アイラスはわかりそう?」

「ウン……多分あれかなって思うのはある。でも、ニーナに頼めば、喜んでしてくれると思うヨ?」

「そうかもしれないけど、なんか……ちょっと、言いにくくて」


 恥ずかしそうな声で言うので、顔が見たくなって、もう一度寝返りをうった。でも目がばっちり合って、自分が恥ずかしくなった。

 それはロムも同じようで、あわてて目をそらして立ち上がった。


「じゃあ、俺も昼ご飯食べてくるから……」


 そう言って、空になった食器を持って立ち上がった。この前とは立場が逆転し、今日はアイラスがロムに食べさせてもらっていた。




 夜になって、戻ってきたトールに首尾をうかがった。


「大体やることは終わったと思うのじゃが、他に何かあるかの?」

「プレゼントが、用意できてないヨ……」

「わしも用意せねばならんのかのう……与えられた事はあっても与えた事はないからのう。一体何をどうすれば良いかわからんわ」

「プレゼント、もらったことあるノ?」

「そういうのとは少し違うのかもしれぬが……わしの名づけ親が、わしを拾った日を毎年祝うてくれてな」


 遠くを見るような、懐かしそうな顔でトールが言った。実際、数えきれない年月が経っているんだろう。

 どれだけ経っていても、トールの想いは色褪せないのだと思う。きっと、自分達の事もトールはずっと忘れないんだろう。


 それはとても嬉しくて、同時にとても悲しかった。彼を置いて先に寿命が尽きる自分達が、とても歯がゆかった。


「優しい人だったんだネ。トールの捜したい魂って、その人なんだよネ?」

「うむ。じゃが、逆にわしがあやつを祝うた事などなかったのう……今更悔いても遅いのじゃが……」

「別に見返りを求めてたわけじゃないと思うヨ。ただ、その人は嬉しかったんだと思う。トールに出会えた事がネ」

「そうかのう……わしはあやつから与えられるばかりで、何も返せなかった気がするのじゃ……」




 寂しそうなトールの顔を見て、アイラスは理解した。だから、捜したいんだと。もし見つけても、魂が同じなだけの別人なのに。それでもただ、会いたいだけなんだと。

 同時に、彼がいつも献身的で、自分の事より周りの事を優先する理由も、なんとなくわかった。何もできずに見送ったと思っているから、同じ思いをしたくないと考えているのかもしれない。


 でもそれはきっと違う。アイラスは、顔も見たことのないトールの名付け親を想った。だから、心を込めて言った。


「そんな事、ないと思うヨ。その人はきっと、トールに癒されてたんだヨ。だって、私がそうだもん」


 うつむき加減だったトールが顔を上げた。その両目をしっかりととらえ、話を続けた。


「トールと居るとね、心が暖かくなるノ。人は利己的だから、何も与えてくれない人に尽くそうなんて思わない。お互い、与えられて支えられて生きていくんだから。だからその人もきっと、いつも癒しをくれるトールに、感謝してたんだヨ」

「それが偽りでも嬉しいのう。かたじけない」

「嘘じゃないヨ! 本当の事だヨ?」

「わかったわかった。今日はもう遅い。早く休むがよい」


 そう言って、もう話す事はないとばかりに姿を猫に変えてしまい、丸くなって目を閉じた。

 それは少し卑怯じゃない? と思いながらも、アイラスも布団の中にもぐりこんだ。




 ふと気づいた。自分達が年老いて死んだ後も、彼は捜すんだろうか。その魂を捜す言霊を、本当に彼に教えてもいいんだろうか。とても辛い事を強いてしまうのではないかと、初めて疑問に思った。




 結局アイラスは、何も用意できないまま誕生会の日を迎えていた。

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