少女は夜中に目が覚めた

 次にアイラスが目覚めたのは、真夜中だった。窓の外から月明かりが差している。身を起こして窓から空を見上げると、満月だった。




 アイラスが初めて目覚めた夜も満月だった。目を開けた時、トールが顔を覗き込んでいた。心配そうに見ていたのだと今ならわかる。だけどその時は、大きな月を背負って逆光でよく見えず、シルエットは恐ろしい狼男のようだった。

 思わず叫んだ言葉が妙な魔法として発動し、ゴーレムを呼び出してしまった。その後アイラスは気を失い、ロムが後始末をしてくれたらしい。やや大げさに顛末を語ったトールの顔を思い出して、顔が緩んだ。


 笑った自分に驚いて、少し身体が楽になったんだと気が付いた。

 薬が効いたのだと思う。飲んでよかった。アイラスは苦いのをよく知っていたから、ロムが飲ませてくれなかったら絶対飲んでいなかった。感謝しなきゃいけない。




 彼の唇の感触を思い出そうとしたが、よく覚えていなかった。ふわふわした気持ちだけしか記憶にない。勿体ない事をした。

 逆に、自分がロムに飲ませた時の事は、よく覚えている。あれは大変だった。苦かったのもそうだけど、平常心を保つのに苦労した。彼が寝ていたからこそできたんだと思う。

 今回アイラスは起きていたのに、ロムは淡々とやってのけた。彼にとっては自分はただの友達で、妹みたいな存在なんだろう。


 押し倒された時、叫んだりするんじゃなかったと、今更ながら後悔した。あの時ロムは正気じゃなかったから、最初で最後のチャンスだったかもしれないのに。いやいや、何のチャンスなのよと自分で自分につっこみ、誰も見てないのに赤くなった頬を両手で隠した。


 いや、見てる人が居た。トールがお座りしてこちらを見ていた。猫の表情なんてわからないけれど、多分呆れているんだと思う。


「ねえ、人の形になってヨ」


 念話は気持ちが筒抜けになるので、今はあまりしたくなかった。トールに隠し事をするようになったのかと思うと、少し申し訳なく思った。この気持ちも伝わってしまうだろうかと思ったけれど、彼は何も答えずに姿を変えてくれた。


「どうしたのじゃ?」

「ぎゅーって、して欲しいノ」


 トールは怪訝な顔をした。口から出まかせだから、その反応は当たり前だ。それでも、苦笑しながら近くに移動して、そっとアイラスを抱きしめてくれた。

 暖かいぬくもりと安らぎを感じながら、これがロムだったらと想像して、流石にそれはトールに失礼すぎると反省した。




「今日、レヴィに、連絡してくれたんでしょ? 何か言ってタ?」

「特に何も。ただ、心配はしておったな。あやつは、おぬしとロムを大層好いておるからの」

「そうだネ。レヴィは、私とロムのお母さんみたいで、トールは、お父さんみたいだよネ」

「……それは光栄じゃが、アドルの前では言わんようにな」

「なんで?」

「その考え方だと、わしとレヴィが夫婦になってしまうじゃろうが」

「あっ……そうだネ」


 思わず、声をたてて笑ってしまった。


 アイラスは身体を離し、トールの隣に座りなおして話を続けた。昼間に寝すぎたせいか、全然眠くなかった。




「早く、ロムの誕生日会の、準備しなきゃなァ……」

「その会とやらはどこでやるのじゃ?」


 アイラスが今まで呼ばれた誕生日会は、いつも保護区の食堂で行われていた。でもロムの場合、本人が言うように友達が少ない。いや、自分達以外は居ないのではないかと思う。親しい人も、保護区の外の方が多いくらいだ。

 となると、外でやった方がいいんだろうか。でも、宴会場のような場所を借りるお金はない。場所の提供をお願いできるような人は、誰が居るだろう。


「レヴィの工房は、ダメだよネ。狭いし汚いし」

「事実じゃが、酷い言いようじゃの」

「アドルは……お城に、部屋いっぱいありそうだシ、快く貸してくれそうだケド……」

「皇子が主催することになって、余計な観客が増えはしまいか?」

「だよネー……ロム、嫌がるよネ」

「後は……あ! ニーナは? お屋敷、広いよネ?」

「ふーむ、良いのではないか? 喜んで貸してくれるじゃろう。あやつもロムの事は、いつも気にかけておるでな。明日、わしから頼んでおこう」

「私も行くヨ」

「ダメじゃ。おぬしは寝ておれ。ロムのように、ぶり返すぞ? 他にわしができることはあるかの?」

「招待状を書くから、配ってくれル?」

「誰を呼ぶのじゃ?」

「ニーナと、レヴィと……アドルには、渡せるかなァ……」

「というより、アドルは多忙ではないかの……? 先にあやつの都合のよい日を聞いてはどうじゃ?」

「どうやって連絡とればいいか、わからないヨ……」

「アドルの手紙をロムに運んでくる使い魔がおったであろう。あやつに聞いてみよう」

「お友達なノ?」

「友というわけではないがの。知っておる」


 具体的な話が進むと、何か上手くいきそうな気がしてきた。嬉しくなって、次々と提案した。


「ハニーケーキは、私が焼くヨ。他の食事は、みんなに持ち寄ってもらえばいいシ」

「心配事が無くなったのなら、横になれ。おぬしの体調が戻らぬことには、上手くいくものもゆかぬぞ?」

「そうだネ!」


 アイラスは勢いよく寝転び、布団に潜り込んだ。

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