少年は思い悩んだ
トールがノックもせずに乱暴にドアを開け、部屋に入ってきた。なんだかイラついている。ロムには理由が分からず、とりあえず上半身を起こした。
「訳が分からんわ。なぜおぬしらは、お互い想っておるのに上手くいかんのじゃ?」
アイラスの想いは自分は知らないことになっていると思うのだけど、言ってしまっていいんだろうか。本人は気づいていないようだから黙っておこう。
「それより他に、解決せねばならん問題もあるというのに!」
「……他の問題?」
「レヴィの事じゃよ!」
「何かあったの?」
「覚えておらぬのか!? ……工房へ行った事は?」
「え……えぇと……今朝、行ったような気は、してた。でも……よく覚えてない。レヴィに何があったの?」
トールは言いかけて止め、また言いかけて止め、三度目でようやく話し始めた。
「……おぬしが、レヴィを母と勘違いしてな……大変な騒ぎじゃったぞ?」
「え……え?」
じゃあ、あれは夢じゃなかったのか。母に見えたあれは、レヴィだったのか。だから、心配そうだったのか。母はあんな顔をしない。
夢だと思っていた中で自分がとった行動を思い出すと、それはかなり情けなくて、何よりレヴィに申し訳なかった。
「レヴィとおぬしの母は、同じ色の目をしていたそうじゃな。たったそれだけの事で勘違いしてしまうものなのか? 今まで緑の目の者に会うたことがなかったのか? たしかにこの辺では珍しい色じゃが、居なくはないじゃろう」
「それは……多分、いろんなことが重なって……」
「わかるように説明せよ!」
「言わなきゃダメ……?」
「ダメ」
アイラスみたいな物言いだと思った。今の怒り方もアイラスそっくりだ。思わず顔が緩んだ。
「笑っとらんで説明せよ!」
「ごめん、ええと……」
状況を思い起こすと、最初は工房の前に座っていた。そうしたら誰かが話しかけてきて、顔を上げたら間近に緑の目があった。
「熱でぼーっとしてたし、アイラスとのことで頭がいっぱいで余裕なくて……。急に近くで見て驚いたってのもあると思う。それから……」
「それから?」
「……レヴィみたいな人に育てられたかったなって、考えたことがあって……レヴィと母さんを結び付けてた節があると思うんだ……」
「ふーむ……では今後は、会っても今朝のようなことにはならぬか? お前とは会わぬ方がいいかもしれぬと、相当落ち込んでおったぞ」
「多分……大丈夫だと思う。次に工房に行った時に謝らないと……」
と言ったものの、なんて言って謝ればいいんだろう。母の事を説明した方がいいんだろうか。どこまで言えば納得してもらえるだろう。
考えがまとまらなくて、再びベッドに横になった。いつもより頭が回らない気がする。熱のせいかもしれないから、考えるのは治ってからしよう。
「とりあえず明日は、レヴィがアイラスを迎えに来ることになっておるぞ。おぬしはとにかく風邪を治すことが先決じゃ」
それは少し安心で、少し残念な気がした。そのまま自分が必要なくなったりしないだろうか。こんな事を口に出したりしたら、またトールに怒られそうだけど。
そういえば、依頼された絵はどうなってるんだろう。昨日は何か掴めたみたいだけど、トールが倒れて色々な事が分かって、今日は自分が倒れて、絵どころじゃなくなってる気がする。
「アイラスの絵って、あまり進んでないよね……?」
「そんな事はない。今日は自分の部屋で構図を考えておったようじゃぞ。今までと違って随分描けておるようじゃった。おぬしのおかげじゃな」
「俺はただついて行っただけだよ。それよりトールのおかげじゃないの?」
「あれはアイラス自身が使った魔法じゃ。わしは不甲斐なく倒れてしもうたがな」
「トールはアイラスのために頑張りすぎなんだよ。だから怒られるんだ」
「おぬしに言われとうないな。……いつぞやの討伐戦、あれはアイラスのために行ったのであろう?」
なぜそれを知ってるのかと驚いて、身体を起こしかけたが、トールに手で制されて再び横になった。
「昼頃だったかの、アドルが見舞いに来てな。色々教えてくれたわ」
「なんでアドルが?」
「久しぶりに工房に行って、レヴィから聞いてきたようじゃ。おぬしが飲んだ薬は、アドルが呼んだ薬剤師が調合したものじゃ。効くと思うぞ」
「お、大げさだなぁ……」
でも、また来れるようになったのかな。せっかくレヴィに会えたのだから、見舞いになんか来なくていいし、そのまま工房に居ればよかったのに。
「供を連れて身分も隠さず来たものじゃから、保護区は大騒ぎであったわ」
トールはくっくっと笑いをこらえながら言った。その情景がありありと目に浮かんでロムもおかしくなった。
ふっと、トールが優しい顔になった。
「少し、元気が出てきたようじゃな。あまり寝てばかりもいられぬぞ? おぬしはここ半月でかなり有名になったらしいからの」
「……どういうこと?」
「史上最年少で自由騎士の叙勲を受け、武術試合で皇子に腕を認められ、その寵愛を受けたということになっておるようじゃ」
「えぇ……寵愛って何だよ……」
「城には、おぬしを勧誘したい者も何人かいるそうじゃ」
面倒な事になったとため息をついた時、ドアをノックする音がした。アイラスに違いないと思うと、すぐ返事ができなかった。代わりにトールが答えた。
「アイラスか? 入ってよいぞ」
ゆっくりドアが開いて、アイラスが入ってきた。手に水の入ったコップを持っている。顔は見ることができなかった。
「ロム、大丈夫? 吐いたんでしょ? 気持ち悪くなイ?」
「あ……うん……もう、大丈夫」
「お水。少しずつ、飲んでネ? 最初は一口かラ……」
ロムは起き上がり、おずおずと延ばされた手から、指に触れないように気を付けてコップを受け取った。喉はとても乾いていたので、アイラスの忠告は無視して一気に飲み干した。
「ちょっト! ダメだよ、そんなニ、たくさん!」
アイラスがコップを取り上げようと手を伸ばしてきた。ベッドのふちでつんのめって、そのままロムの胸に飛び込むように倒れてきた。支えようとして、空になったコップを落とした。
「あっ、わっ……ゴ、ゴメン」
「う、うん……」
間近で顔を見て、沸き上がった衝動を何とか抑えて、アイラスの肩を掴んで押しのけた。彼女は床に落ちたコップを拾い、気まずそうに話した。
「……吐いた後は、一気にお水飲んじゃ、だめだヨ。お腹の風邪だったラ、また吐いちゃウ」
「それは多分、大丈夫。原因は別にあるから……」
「エ? 何なノ?」
「いや、それは、その……それより! さっきは変な事して、ごめん……。なんか、ぼーっとして、色々よくわからなくて……」
我ながら苦しい言い訳だったけれど、アイラスは大丈夫と恥ずかしそうに笑って答えてくれた。大丈夫なわけない。ロムは決意を込めて言った。
「もう二度と、しないから」
「エッ?」
「えっ?」
「いや、ウン。まだ早いよネ……」
「えっ?」
「エッ?」
お互いがお互いの言う事に驚いて、なんて言えばいいかわからなくなった。二人とも黙り込んで、妙な沈黙が流れた。
「はぁ~……本当に訳が分からんわ……。もうおぬしらだけで、よろしくやってくれ」
トールがわざとらしいため息をついて、部屋を出て行った。
「エッ!? ちょっ、ちょっト待って! ロム、お大事ニ!」
「あ……うん。色々、ありがとう」
二人が出て行くと、ロムは急に疲れを感じてベッドに突っ伏した。
でも。少し気まずかったけれど、顔を見る事はできた。ぎこちなかったけれど、会話もできた。明日はもっと話せるといいなと思いながら、ロムはまどろみの中に落ちていった。
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