少年は疲れていた

 次の日の朝には、身体は大分楽になっていた。お腹も空いている。薬はよく効いたと思う。


 今日はレヴィが迎えに来て、アイラスは工房に行くのだと聞いている。

 その時にレヴィに会えるだろうか。早く謝りたいという気持ちはあったが、話がすぐ終わるかどうかわからない。ここで長々と話して、アイラスも巻き込んで足止めさせたくない。一緒に行こうかとも考えたが、絶対反対されると思う。少し遅れて一人で行こうかな。それはそれで着いた時に怒られそうだけど、行ってしまえば追い返せないだろう。




 少し前からアイラスの部屋でごそごそと物音がしている。そろそろ朝食に行くのかもしれない。自分の能力を総動員してアイラスの様子を探っていて、とても悪い事をしているような気分になった。


 シンに居た頃、似たような潜入捜査を頼まれる事もあった。殺しが絡む事が少ないから、普通の戦よりそっちの方が好きだし得意だった。

 その能力を、全然関係ない事に役立てている自分が、なんだか滑稽だった。




 頃合いを見計らって部屋を出ると、ちょうど二人も部屋から出てきたところだった。読みが当たりすぎて逆に怖い。

 アイラスがどんな風に接してくれるか心配で、控え目に声をかけた。


「……おはよう」

「オハヨー!」


 満面の笑みで挨拶が返ってきて、ロムはほっとした。足元でにゃーと鳴くトールにも声をかけた。


「おはよう。二人とも朝ご飯?」

「ウン。ロムはもう、大丈夫なノ?」

「うん、大丈夫だと思う。お腹も空いてる」


 アイラスが手を伸ばしてロムの額に触れた。心臓が飛び出るかと思った。


「熱、下がってるネ」


 間近でにっこり笑われて、ロムはすぐに返事ができなかった。

 あんな事をした自分に、なぜアイラスは無防備に近づけるんだろう。信頼されているのだろうか。だとしたら、自分はその信頼を裏切った事になる。もう二度と裏切りたくなかった。


「うん、ありがとう。みんなのおかげだよ」

「でも、念のため、今日も、ちゃんト、寝ててネ」

「……うん」


 やっぱり釘を刺された。でもアイラスもトールも居ない保護区で、一日寝て過ごすなんて退屈すぎる。レヴィにも謝りに行きたいし、後でこっそり行こうと決意した。




 食事を終えて部屋に戻って、アイラス達はすぐ出て行った。レヴィが外で待っているらしい。中には入ってこないのは、自分を避けてるせいかもしれない。

 あのレヴィが、自分のせいで落ち込んで、もう会わない方がいいと言ったりしたのかと思うと、どれだけ傷つけてしまったんだろうと深く自己嫌悪する。


 今すぐ出て行って追いかけたいけど、途中で追いついたら戻って寝ろと言われるに決まってる。とりあえず食堂でお弁当をお願いしてこよう。それができてから出かければ、ちょうどいいかなと考えた。




 作戦通り、工房まで誰にも会わずに辿り着くことができた。でも、急いだわけでもないのに息が切れていた。やっぱり病み上がりだからかな。この状態を見られたら、より一層怒られる気がする。息を整えようと、少し離れた場所で座り込んだ。


 そうしてすぐに、頭上から声がかけられた。


「おぬし、やっぱり来ておったか……」

「気づくの早すぎ……」

「アイラスに頼まれての、おぬしを捜しておった。保護区に戻ってから、おぬしを追いかけてきた形じゃったな。女の勘って奴は凄いのう。おぬしが大人しく寝ておるわけないと、わかっておったようじゃぞ?」

「なんだ……バレてたの……」

「疲れておるようじゃな。無理をするからじゃ。とにかく中に入れ」


 手を引かれ、工房の中に入った。アイラスは呆れ顔で、レヴィは慌てて立ち上がった。


「待って。俺、レヴィに会いに来たんだ……」

「でもお前……」

「もう、大丈夫、だから……」

「お前、まだ治ってねーじゃねえか……何しに来たんだよ」

「だから、レヴィに、謝りに……」


 トールの手を振りほどき、レヴィにゆっくり近づいた。彼女が後ずさりした。こっちは歩くのが億劫なんだから、距離を延ばさないでほしい。


 案の定、途中で足がもつれて倒れそうになり、アイラスが支えてくれた。


「レヴィ、こっちに来テ。ロムの話を、聞いてあげテ」

「……わ、わかったから。とにかく座れよ。今にも倒れそうじゃねーか……」


 手近な椅子に座らされ、目の前にレヴィがしゃがみこんだ。顔を上げて彼女の顔を見た。目は前髪で隠れている。


「……目を、見せて」

「いや、それはダメだろ! アイラスもダメだって……」

「いいから……こっちを向いて」


 レヴィのあごに右手をかけて正面を向かせ、左手で彼女の前髪をかきあげた。緑の目が見えた。

 その目が動揺に揺れていた。いつも自信たっぷりで威圧感すらあるレヴィが、ここまでうろたえている。それが自分のせいだと思うと申し訳なかった。


「レヴィの目は、綺麗だ……エメラルドみたい」

「な、何言ってんだお前……」

「俺の母さんとは違う……母さんは、髪も肌も俺と同じで……レヴィの方がずっと綺麗。何倍も……綺麗だ。あんな人とレヴィを見間違えるなんて、俺、どうかしてた。本当に、ごめん……」

「お前、美的感覚おかしいだろ……っつーか自分の親をそんな風に言うなよ……」

「いいんだよ、あんな人。どうせ、俺が殺したんだから」




 アイラスとトールが息を飲むのがわかった。でも今日は、全てぶちまけようと思ってここに来ていた。

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