少年は会場に赴いた

 叙任式はすごい人出だった。屋台も多く立ち並んでいて、本当にお祭りのようだった。

 ただ、これだけ多くの人は聖堂に入りきらない。儀式を観覧できるのは王族や貴族の一部だけのようだった。それなら、叙勲を行うアドルをレヴィが見る事はないだろう。




 ロムが騎士の礼服を着て歩いていると、すれ違う人々が振り返っていた。

 それに気づいたアイラスが、嬉しそうに言う。


「ロムが、カッコイイから、みんな見てるネ!」

「いや、違うと思う……」


 最年少と言っていたから、子供の自分がこれを着ているのは珍しいということになるんだろう。結果として、何も言わなくても今日の主役だと推測されてしまう。

 上に保護区のマントを羽織ってくればよかったと後悔した。


 聖堂の会議室に来るように言われているから早く入ってしまいたいのに、そんな時に限って知り合いに会ってしまった。


 ニーナ、レヴィ、ホークの三人が立っていた。ニーナとホークはいつもより少し豪華なだけで雰囲気は変わらないが、レヴィが別人のようだった。

 髪はいつものようにボサボサではなく、光った絹糸のように艶やかな漆黒だった。ドレスはシンプルだけど、胸元が大きく開き太ももまでスリットが入っていて、レヴィ唯一の女性らしさがこれでもかと強調されていた。アドルが見たら卒倒しそうだなと思う。

 ただ、本人はあまり気に入ってないようだ。アイラスの感嘆の声にも、嫌そうに手を払っただけだった。


 素で目立つニーナとホークに、今のレヴィ。そこへ人目を集めていたロムが立ち止まったので、否が応でも周囲の人々の注目を浴びる事になった。


「なんか、空気が、変わったネ……」

「うむ……わしらだけ、場違いのようじゃ……」


 アイラスとトールが距離を取ってそうつぶやいている。ロムもそっちに行きたいと思った。

 アイラスは余分な服は持っていないので保護区の外出着だし、トールは耳としっぽを隠すためフード付きのマントを深く被っていて、隠者のようだった。




「馬子にも衣裳だな」


 レヴィが楽しそうにからかうので、ロムはじろりと睨みつけた。


「レヴィだってそうじゃん」

「これなぁ。俺はいつもの恰好でよかったんだが、ニーナが着ろってさ……動きにくいったらありゃしねえよ」

「ダメよ。今日は私の付き人という事になっているのだから、ふさわしい恰好をしてもらわないとね」

「いつもの使い魔はどうしたんですか?」

「聖堂に使い魔は入れないの。トールも入れないわよ」

「なんじゃと!?」

「魔法でごまかそうったって無理よ。耳としっぽを隠せても、その黒い模様は消せないもの。ロムの晴れ姿を見られなくて残念だったわね」


 そう言って、ニーナはホークの二の腕に手を回した。二人は見つめ合って、お互い優しく微笑んだ。

 あれ? とロムは思った。二人はまるで、恋人同士のように見える。ロムの視線に気づいて、ホークが片目をつぶって見せた。


「日差しが眩しくてたまらないから、私は先に聖堂に入っておくわ。あなた達も遅れないようにね」




 ニーナとホークが立ち去ってから、ロムはレヴィに聞いてみた。


「あの二人って、もしかして……?」

「『神の子』が恋愛をしちゃだめってこたぁねえだろ」

「えっ」

「エッ」

「まことか?」

「どの程度本気なのかは知らねえけどな。ホークの寿命が先に尽きるのはわかりきった事だ」


 寿命の話が出たので、ロムはトールを見た。少し目が下を向いていて、ほんの少し辛そうな表情になっている。話題を変えなければと思った。


「レヴィ達は最初から付き人として参加予定だったの?」

「いや、昨日突然頼まれた。直前に言う話じゃねぇよな。ニーナは時間の感覚が俺らと違って変なんだよ。約束もよく忘れるしな。今日遅刻しなかったのは奇跡だぜ?」


 そういえば、以前ロムを呼び出したのに忘れられていた事もあった。ニーナは完璧に見えても、知れば知る程どこか抜けている事がわかってくる。


「もしかして、レヴィはニーナの付き人として聖堂に入るの……?」

「入らねえよ。ニーナが連れて入れるのは一人だけだからな。ホークが入る事になっている。でも……」


 レヴィはロムを見てニヤリと笑った。いたずらを企てる子供のような顔だ。とてつもなく嫌な予感がする。


「お前の身内枠が開いてそうだな。保護区の管理人とアイラスに……トールが入れなくなったなら、一人分開いてるよな? 確か三人までだろ?」


 それは非常にまずい。身内の席は最前列だ。叙勲するアドルがどうやっても目に入る。


「いや、無理に入らなくてもいいよ。むしろ入らないで」

「なんだ? 見られるのが恥ずかしいのか? ……まあ俺も退屈な儀式に興味はねえ。武術試合が楽しみだな」

「その恰好でやるの……?」

「俺じゃねえよ。お前が何人ぶちのめすか楽しみなんだよ」

「勘弁してよ……」

「そろそろ行った方がいいんじゃねえか? 主役が遅れたら洒落にならんだろ」


 その言葉に、トールが残念そうな目を向けてきた。ロムも、トールに見てもらえないのは残念だった。

 アイラスが、ふと思いついたように言う。


「トールは、猫になって、隠れたラ、入れるんじゃなイ?」

「そうだな。聖堂は天井が高いから、上の方に隠れられる場所があれば、いけると思うぜ」

「お、おう。試してみるかの」


 そう言ってフードを取ろうとするのであわてて止めた


「待って! ここで変わるのはまずいよ、人目がありすぎる。聖堂の陰まで行こう」


 レヴィとアドルの事、ニーナとホークの事、トールの事。ロムは儀式以外の心労が多すぎて、すでに疲れていた。




 聖堂に着き、ロムはアイラス達と別れて会議室に向かった。二人が物陰に移動していく後姿を見送りながら、作戦が上手くいけばいいなと考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る