叙任式

少年は叙任式の準備をした

「……わかりました」


 ロムはあいまいに頷いたが、式が一体どういうものか想像もできなかった。シンでは成人の儀式として10歳で元服を終えているが、それと似たようなものなのだろうか。


「どんな内容なんですか?」

「今まで見たことはないのか? 今年の初めにも行われただろう? 保護区にも案内をしていたと思うが……」

「興味なかったので……」


 そう言ってから正直すぎたと思って、上目遣いに騎士の顔色をうかがった。呆れたように笑っていたが、責める言葉はなかった。


「まず聖堂で君を祝福するミサと、佩剣の儀式が行われる。その後に武術試合があり、最後に饗宴が開かれ、群衆にも施しがふるまわれる」

「俺一人のために大げさすぎないですか?」

「多くの者にとっては試合と饗宴がメインイベントで、君はそのダシに使われるだけだ。あまり気にしなくていい。ただ、試合は名乗りを上げれば誰でも自由に参加できる。君は形だけとはいえ主役なのだから、申し込まれるかもしれない。儀式の後は実務服に着替えておいた方がいい。礼服は動きにくいからね」


 参加する前から疲れた気持ちになって、ロムは大きなため息をついた。


「……今から叙勲を断るのは無理ですか?」

「無理だね。商人達が動き始めている。今度の百年祭ほどではないが、これも祭のようなものだ。諦めてくれ」


 騎士の背後でニヤニヤしているレヴィに気づいて、ますますげんなりした。


「なんだお前、騎士団に入るのか?」

「違うって。自由騎士とかいうやつだよ」

「もう少しありがたみを持ってほしいものだけど……」

「おもしろそーだな。俺も見に行くか」

「来なくていいよ……」


 そういえば叙勲はアドルが皇子として執り行うと言っていたっけ。それをレヴィが見たらどうなるんだろう。とてつもなくまずい気がするが、ロムにはどうしようもない。もう諦めて明らかにしてしまえばいいのにと、投げやりに考えていた。




 翌日の夕食時、制服と共に届いた手順書を見ながら、ロムは眉間にしわを寄せていた。アイラスはとっくに食べ終わっていて待たせていたが、それを気にする余裕はなかった。

 そこへホークが通りかかり、近寄ってきた。別に来なくていいんだけど。


「何を難しい顔をして見てるんだい?」

「騎士叙任式の……手順書です」

「今度の日曜に行われるアレかい? 君が叙勲を受けるのか。騎士団に入ることにしたのかい?」


 ホークの驚いた様子に、逆にロムが驚いた。


「入りませんよ。自由騎士です。式の広告には俺の名前は書いていませんでしたか?」

「あるわけないだろう。受けるのが貴族や王家の者ならまだしも、庶民が対象なら宣伝する意味はない。名前を書かれていても、誰? となるだけだしね」


 本当にそこはどうでもいいんだと思うと、少し気が楽になった。


「それで、何を悩んでるんだい?」

「儀式の手順が……文章だけではわかりにくくて。ちゃんとできるか自信がありません……」

「なるほど……では後で君の部屋へ行くよ。手取り足取り教えてあげよう」


 その言い方は誤解を招くので止めてほしい。実際、聞き耳を立てている女生徒達が不穏な動きをしている。

 それでも、ここは教えてもらうしかない。不手際があるとアドルにも恥をかかせそうで、その方がもっと嫌だった。


「よろしくお願いします……」

「もっと嬉しそうな顔をしてほしいなぁ」


 楽しそうに笑うホークを見て、この人わかってやってるんじゃないだろうなと、ロムは疑惑を抱いた。


 席が空いていないので、ホークはそれだけ言うと立ち去っていった。隣に座られたら針のむしろだったと、ロムは胸をなでおろした。

 ところが、猫のトールをなでていたアイラスが、真面目な顔で話し始めた。


「あのネ、ロム。嫌がるから、余計あーゆ―事、言うのヨ? もっと普通に、接した方が、いいヨ?」

「えぇ……?」


 別にホークが嫌いなわけではない。ただ人目のあるところで話したくないだけだ。

 それもこれもレヴィのせいだ。レヴィがあんな絵を売るから。といっても、どんな絵か知らないのだけど。別に、どんな絵か知りたくもないのだけど。

 ロムは、今この場に居ない人に責任を押し付けて、気を紛らわせようとした。


 ここでようやくロムは、自分だけが食べ終わってない事に気が付いた。


「ごめん、待たせてた。言ってくれれば良かったのに」

「別に、待つノ、平気だヨ。ロムの顔、見てたカラ」


 ニコニコと笑いながら、さらりと凄い事を言うので、ロムはむせてしまった。別に見てて面白い顔でもないと思うのだけど。今も視線を感じて食べにくかった。ずっと見られてたのかと思うと恥ずかしかった。




 部屋に帰ってしばらくすると、ホークがやってきた。手取り足取りではないが、丁寧にわかりやすく儀式の手順を教えてくれた。

 この人は言う事とやる事に若干ズレがあると思う。悪い人ではない。少し意地悪なだけ。その標的が自分なのだと思うと疲れるのだけど。


「何かわからないところはあるかね?」

「いえ、特にないです。ありがとうございました」


 なんだかんだ言っても、やっぱり教えてもらってよかった。想像していた動きと違う箇所がいくつもあった。


「でも詳しいですね。叙勲を受けたことがあるんですか?」

「受けていたらこんなところで教師はしていないよ。式を見たことがあるだけさ」

「今度の式には来るんですか……?」

「どうしようかな……庶民の誰が騎士になるのだろうと気になってはいたが、君とわかってしまったら、わざわざ行かなくてもいいかな……」


 そうだね、来なくていいよ。叙任式だけでも相当なストレスなのに、これ以上心労を増やしたくない。


「……と思ったけど、やっぱり面白そうだから見に行こうかな」


 ホークが楽しそうに言う。アイラスの言葉を思い出して、失敗したと思った。顔に気持ちが表れていたのかと思うと、トールの事を笑えなかった。

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