少年は墓参りに行った

 次の日は保護区やギルドで時間を取られ、お墓参りに行けたのは午後になってからだった。


 墓守に場所を聞いて、持ってきた白い花を供えた。アイラスとトールも一緒に来てくれた。二人とも何も言わなかったが、居てくれるだけで悲しみが和らぐような気がした。


 墓場でロムに話しかけたのは、墓守だけだった。


「おめえ、騎士じゃねえようだが、そいつとどういう関係なんだ?」

「この前の大型討伐で、一時的に配下につきました。この人は、俺を助けるために……」

「ふ~ん……じゃあ、望みが叶ったわけだな」

「……え?」

「こいつ、よくここに来ててな。いつも言ってたんだよ。自分が何のために生きているのかわからない、死ぬときは誰かを守って死にたいってな」

「……重いですね」

「そうさ、命は重えもんさ。それを背負って、おめえはしっかり生きな」

「……はい」




 墓守が去ってから、ロムとアイラスはしゃがみこんで手を合わせた。自分はともかく、アイラスまで祈ったので驚いた。


 お墓に対して祈るのは、ロムの故郷であるシンの考え方によるものだ。墓には故人の魂が宿っているとされている。

 だがこの地方では、墓は故人が生きていた証でしかない。その魂は光の国で浄化され新たな命に転生するため、墓には居ないとされている。そもそも祈りを捧げるのは神に対してであり、故人に対してではない。


「なんて祈ったの?」

「ロムを、助けてくれテ、ありがとうっテ」


 アイラスは立ち上がり、申し訳なさそうな顔を向けてきた。


「ゴメン。私、ロムの気持ち、わかってないと思ウ。私は、この人に、感謝の気持ちしか、ないノ……」

「多分、それでいいんだと思うよ」

「気持ちを理解する事と、気持ちを思いやる事は違うしの」

「そうだね。俺は、二人が一緒に来てくれた事が嬉しいし、助かったよ。一人で来る自信はなかったから」


 そう言うと、アイラスは少し嬉しいような寂しいような顔で笑った。




 火曜日になり、アイラスを訪ねて騎士がやってきた。依頼は彼の想い人の絵を描くのだけど、その人はすでに亡くなっているらしく、アイラスはどうやって描けばいいか悩んでいた。


「見た目は、やっぱり、聞くしかないんだよネ……」

「やはり難しいかな」

「アイラスお得意の妄想力を働かせるしかねーんじゃねえの」


 レヴィが無責任なことを言っている。アイラスはがっくり肩を落とした。こればっかりは、ロムにもどうしようもなかった。


「落ち込むでない。わしが何とかしてみよう」


 トールがお皿に水を張って持ってきた。床に置き、騎士を見上げる。


「その女性とやらの姿を思い浮かべよ」

「……魔法ですか?」

「上手くいくかどうかは、おぬしの気持ち次第じゃ」

「わ、わかりました」


 騎士が目を閉じたのを確認して、トールは何かを呟いた。

 皿の水が少し波うち、何かが浮かび上がってきた。


 水面には女性が映し出されていた。清楚な雰囲気で憂いを帯びた目をしている。娼婦と聞いていたが、あまりそんな風には見えなかった。


「目を開けよ。確認してくれ」


 騎士が目を開けて、息をのんだ。言葉が出てこないようだったが、トールは聞くまでもないというように言った。


「成功のようじゃな。アイラス」

「うん、ありがとウ!」


 アイラスはスケッチブックにさらさらと特徴を記していった。

 描き終わった後、彼女は長いため息をついた。


「魔法、便利ネ……。私も、使えるように、なりたイ」

「君は魔法が使えないのかい?」

「魔力が、弱すぎて、使うと、倒れちゃうノ……」

「魔力を高める訓練というのもあったはずだが……宮廷魔術師から聞いた事がある」

「本当? 私、やりたイ!」

「……別に、無理をせんでも良いじゃろう。ほとんどの者は魔法なぞ使わずとも生きておる。魔法使いのホークですら、ほとんど使ってないであろう?」

「そうだケド……」


 そのやり取りに、ロムは違和感を覚えた。

 そもそもトールがこの街についてきたのは、アイラスに言霊を教えてもらうためだ。教えてもらうには言霊を使ってもらわなければならない。今のアイラスではそれは無理だけれど、魔力を高める事ができれば可能となる。


 トールはまだ、彼女にその目的を言ってないのだろうか。急がないとは言っていたが、本人が望む事なら別に構わないのではないかと思う。


 ——他に理由があるのかな。


 例えば、夢の中で見た、アイラスの本当の姿に関係しているとか。




 まだ話をしているアイラスと騎士を横目に、弦楽器を持って工房の外に出た。そうすれば、トールがついてくる事はよくわかっていた。彼はアイラス以上にロムの歌を聴く事が好きなのだから。


 弦の調整をする振りをしながら、隣に座ったトールに聞いてみた。


「トールはまだ、アイラスにあの事を話してないの?」

「なんじゃと?」

「魔法を教えてほしいってやつ。捜したい人が居るんでしょ?」

「それは……」

「どうして、魔力を高めるのがダメなの? トールの望みが叶うんじゃないの?」


 明らかに、トールは動揺していた。その顔を見て、ロムは後悔した。そんな顔をさせたかったわけじゃない。まるで尋問のように、自分が酷い事をしているような気がしてきた。


「ごめん……答えたくないなら言わないで。俺も余計な事を聞いた」

「すまぬ……」

「だから謝らないで。別に隠し事があってもいいんだよ。俺だってそうだったし。全てを言わなくたって、トールがアイラスに酷い事しないって、よく知ってるから」

「すま……いや、かたじけない」


 ——もしかして。


 望む魔法を教えてもらったら、トールはその人を捜しに行ってしまうのだろうか。その時が来たら、自分は彼を気持ちよく送り出すことができるのだろうか。不安がむくむくと頭をもたげてきて、ロムも二の句がつげられなくなってしまった。




 長い沈黙の後、トールがぽつりぽつりと話し始めた。


「わし自身、どうすればいいかわからぬのじゃ……どうする事が、あやつに……アイラスにとって良き事となるのかが、わからぬ……」

「……一つだけ、教えて」

「なんじゃ?」

「俺達は、トールと……ずっと一緒に居られる?」

「それは大丈夫じゃ。おぬしらの寿命が尽きるまで、わしはそばにおる。おぬしらが嫌がらぬ限りな」


 即答したトールに、ロムは深く安堵した。嘘を付けない彼だから、迷いなく言ったその言葉は真実なのだと、疑う余地はなかった。


「だったら、どんな事になっても大丈夫だよ。トールが一緒に居ることが、アイラスにとっては一番いい事だから。本気で悩んでるんでしょ? それならどんな結果になったって、アイラスは笑ってくれると思う」


 トールは少し驚いた顔をして、それから呆れたように笑った。


「そうかもしれぬな……まさか、おぬしに教えられるとはな」

「何それ。どういう意味?」

「何と言うかのう……我が子に諭された気分というか……」

「俺、トールの子供じゃないし。大体、俺の方が精神年齢上だと思うけど?」

「どの口がそれを言うか」


 終わりのない口論になりかけた時、工房から騎士が出てきた。二人は話を止め、彼はロムを見つけて笑顔になった。


「ここに居たのか」

「そちらは終わったかの?」

「はい、終わりました。先程はご助力ありがとうございました」


 そう言って騎士は丁寧に頭を下げた。

 この人の記憶からは、トールが『神の子』である事実は消されているはずなのに、態度だけはとてもかしこまっている。魔法使い自体を敬う想いがあるのかな。

 それから彼は、ロムに向き直った。


「騎士叙任式の日取りが決まったよ。今度の日曜だ。白い礼服を着て、紺の実務服も持参してほしい」

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