少女は報酬に満足した

 予想外の申し出に、アイラスは理解がすぐ追い付かなかった。ロムと、騎士と、ずらっと並んだ制服を順番に見ていった。

 あの制服をロムが着るのだろうか。それはとても素敵に思えた。


 なのに、ロムの答えは真逆だった。


「身に余ります……」


 ロムは困惑した顔で首を横に振った。

 そうだった。彼の自己評価の低さは尋常じゃない。アイラスは抗議をしようと前に出たが、トールに腕を掴まれて引き戻された。

 不満を訴えて睨んだが、困った顔で首を横に振られた。


 過保護だという批判が伝わってきて、自分がロムを子供扱いしていることに気がついた。ちょっと反省した。


 そういえば、トールはアイラスを子供扱いしたことがない。ロムの心の中で、あの姿を見る前から知っていたのだろうか。

 あの時はそれどころじゃなかった。でも、いつか問い詰められる時が来るのだろうか。


 ニーナも、以前アイラスの事を調べると言っていた。あれから半年以上、本当に成果は上がってないんだろうか。トールは頻繁にニーナのところに行くけれど、あれは何のためなんだろう。もしかして本当は……。


 自分の存在が足元から揺らいだ気がして、アイラスは眩暈を覚えた。




「困ったな……これは隊長からの希望でもあるんだよ」


 騎士の言葉に、アイラスは現実に引き戻された。今は自分の事で悩む時ではない。


「ただ彼は、勲章というより制服を与えたいという動機だったけれどね。君が服を気にしていたと言っていた」


 うつむいていたロムが顔を上げた。興味を持ってもらえたと思ったか、騎士は饒舌になって話を続けた。


「そんな理由のために称号を利用するなんて困ったものだけど、君にその資格があると思っての事だろう。受けてもらえるだろうか? 叙勲されれば最年少の自由騎士となる。私も鼻が高いよ。こちらが正式な場でも着用できる礼服で……」


 そう言って、白を基調として青いラインの入った制服を示し、続けて紺を基調として白いラインの入った服を示した。


「そっちは実務で使える。丈夫で動きやすい。サイズが合うものを選んでほしい」


 そう言っても動こうとしないロムを見て、騎士は重ねて言った。


「自由騎士とは自由に契約できる騎士の事だ。色良い任務を優先的に紹介する事もあるが、必ず受けなければならないというわけではない。色々と権利は増えるが、義務は少ない。邪魔にはならないだろう。君の夢に直接役立つわけではないが、箔はつくと思うよ。それと……」


 騎士は少し言いよどんだ。


「……力あるものを野放しにしておくことは危険、という考えもあるんだ。何らかのよからぬ組織が、君をスカウトしないとも限らない。称号は、君を守る意味もあるんだよ」

「俺は、ただの子供です。力なんて無い……。でも、わかりました。この話、お受けします」


 その言葉に、騎士は安堵のため息をついた。


「ありがとう。こんなに渋られたのは初めてだよ。みな大抵喜んでくれるのだがね。君は自己評価が低いのかな」


 そうだよ。もっと言ってやって。アイラスは内心毒づいた。


 ロムは白い制服に近づいて上着を脱いだ。すかさずメイドが受け取り、着替えを手伝おうとしている。


「あ、あの、一人で出来ます……」

「遠慮なさらないで下さい。サイズはこちらがいいと思いますよ」


 着せ替え人形みたい……とアイラスは半目になった。実際、ロムは整った顔立ちで、表情も豊かな方ではなく、顔の傷痕さえなければ人形に見えなくもない。

 楽しそうにロムに服を着せている彼女達が、なんだか羨ましくなった。


「お似合いですね!」


 黄色い声が上がり、ロムが恥ずかしそうに立っていた。メイドの見立ては完璧で、一着目でサイズはぴったり合っていた。

 アイラスとトールの方を向き、遠慮がちに聞いてきた。


「どう、かな……?」

「良いのではないか?」

「ウン、カッコイイ! ロム、皇子様みたイ!」


 まんざらではなさそうなロムの顔を見て、アイラスも嬉しくなった。何より、最初に自分達に意見を求めてくれた事が誇らしかった。


「じゃあ、この一つ上のサイズを下さい」

「なぜ一つ上を?」

「だって、すぐ小さくなるし……」

「今合うサイズにしておきなさい。小さくなったらまた支給するから。制服は今日持ち帰って構わないが、実際に袖を通して表を歩くのは、叙勲後にしてくれたまえ」

「こんなの恥ずかしくて、着て歩けないですよ……」

「それだと意味がないんだがな……まあ、騎士証のネックレスくらいは身に着けるようにしてくれ。王立施設に入る時に必要だからね」




 制服二着にブーツ等の小物も合わせると、結構な量になった。結局全部届けてもらうことにした。


「その、叙勲……式? って、いつですか?」

「騎士叙任式の事かな? 今から予定を立てるからね。まだわからないが、近いうちに行う事になると思うよ。決まったら連絡しよう」

「わかりました。それと、隊長のお墓を教えて頂けますか?」

「今から案内するには少し遠いが、場所だけ伝えておこう。頼む」


 騎士が目で合図すると、メイドの一人がお辞儀をした。


「ベランダから確認できます。こちらへどうぞ」


 そう言って彼女は、先に立って歩き始めた。三人は騎士にお礼を言って、彼女に続いて応接間を出た。




 歩きながら、この人は見おぼえがあるなと思って顔を伺った。アイラスの視線に気づいた彼女は、片目をつぶって見せた。


「今度はいつ絵をお売りになるのですか?」


 その質問で、あっと気づいた。何度かアイラスの絵を買いに来た事がある人だ。毎回ロムの絵を買ってくれる常連さん。


「え、ええト。今度の月曜は、行けると思いまス。何かリクエスト、ありますカ?」

「そうですね。ロム様の制服姿を、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「えぇ……俺?」

「はい。とてもよくお似合いでしたわ」

「わかりましタ!」

「まさか、こんなところでご本人様を拝めると思いませんでした。今日は素敵な日です。……こちらのベランダへどうぞ」


 彼女が示すベランダへ出ると、夕焼けに照らされた街並みが見えた。南東の城壁の向こうに墓地が見える。


「あそこかの?」

「はい。昼間なら墓守が居ますので、聞けば教えてくれるはずです。今日は遅いので明日以降にしてはどうでしょうか?」

「そうですね。ありがとうございます」



 ベランダから廊下に戻ると、前方から騎士が歩いてきた。


「帰るかね?」

「はい、色々ありがとうございました」


 アイラスは、挨拶もせず騎士の着ている制服をじっと見ていた。ロムがもらう制服と同じデザイン。いつも持ち歩いている紙切れと炭を入れた袋を取り出し、さらさらと描き写した。


「……何をしてるんだ?」

「制服を……頼まれたかラ。……あ、そうダ。絵は、もう描かなくて、いいですカ?」

「描いてくれるのかい? もう無理かと思っていたよ。描いてくれる気になったのなら、改めてお願いしたい」

「じゃあ、今度、工房に、来てくださイ。月曜……いや、火曜。詳しい事、聞きたいかラ」

「わかった。ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございまス。ロムを認めてくれテ」


 アイラスは騎士の笑顔を見ながら、報酬内容は合格かなと考えていた。

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