少年は叙勲を受けた
会議室では簡単な確認事項だけがあり、儀式がおごそかに始まった。
天井の方に視線を巡らせると、ステンドグラスの近くに猫になったトールの姿を見つけることができた。見上げる人は少ないだろうけど、もう少し上手く隠れてほしいと思う。
祭壇の前にアドルが現れた。きらびやかな正装に身を包み、その容姿も相まって尊いまでの美しさだった。会衆席からため息が漏れ聞こえてくる。人々の視線はほとんどアドルに集まっていて、ロムは気が楽だった。
最前列では、アイラスが口をパクパクさせて驚いていて、隣に座った保護区の管理人に咎められていた。
そういえば彼女には、アドルの正体について説明していなかった。レヴィにばれないようにとばかり気を使っていて、すっかり抜け落ちていた。上から見ているトールも一緒に、後で説明しよう。
儀式は聖歌から始まり、聖典が朗読され、祝福の言葉を頂き、佩剣をもって終わる。
聖歌は授業で習ったことがあり、歌いたくなるのを我慢するのが大変だったし、聖典はロムには馴染みがなく、聞いていると眠くなってきた。
ホークに教えられたかいがあって滞りなく儀式は進んだが、レヴィの言う通りとても退屈だった。一つ終わる度に、まだ終わらないのかとため息が出てしまう。ようやく後は佩剣だけになった。
アドルが祭壇の剣を取ってロムに渡した。それを腰に吊るし、鞘から引き抜いてアドルに返した後、その足元にひざまづいた。
アドルが剣の平でロムの肩を軽く三度打った。
これで儀式は終わり。ロムは最後のため息を吐いた。
聖堂での儀式が終わると、勝手に武術試合が始まっていた。
どこかの騎士が名乗りを上げ、他の騎士が応えれば試合が始まるようだ。試合場を決め観客が周りを囲み、模擬剣で激しく打ち合っている。
そのお祭り騒ぎに巻き込まれたくなくて、ロム達三人は隠れるように端に寄った。言われた通り実務服に着替えてはいたが、実際に試合をするのは避けたかった。
ロムが屋台で買ってきた駄菓子をみんなで食べながら、アイラスが質問してきた。
「アドルって、皇子様だったノ?」
「そうだよ。アドルは偽名で、本当の名前はアークっていうんだ」
「おぬしは知っておったのか?」
「この前の討伐戦で知ったんだ。俺が周りから誤解されそうになってたのを、助けてくれて……」
討伐戦を思い出すと、まだ心が少し傷んだ。あの時、討伐評価の事を言わなければ、魔法使いを仕留めに行くと言い出さなければ、結果は変わっていたのだろうか。隊長が死ぬことはなかったんだろうか。
でも自分が行かなければ、被害はもっと酷くなっていたとも聞いた。戦に犠牲はつきものだとよくわかっていても、なぜ隊長が……と思ってしまう。
アイラスが手を握ってきて、ロムは我に返った。話の途中で黙り込んでいたようだ。
心配そうに見上げてくる彼女を見ると、少し嬉しい気がする。以前はこんな時、申し訳ないと落ち込んでいた。気の持ちようが少し変わったかもしれない。
「大丈夫。ちょっと思い出しただけ」
そう言って笑いかけると、アイラスも微笑んで、背伸びして頭をなでてくれた。
しばらくすると、アドルがお供を引き連れてやってきた。ロムは辺りを見回して、レヴィが居ない事を確認する。
「お疲れ様」
「お心遣いに感謝いたします」
ねぎらいの言葉に対して、ロムは丁寧にお辞儀して答えた。今日はお供が居るせいか、敬語で話しても何も言われなかった。
アイラスとトールは、どう話しかけていいか悩んでいるのか、顔を見合わせて戸惑っているようだった。
「二人には話したの?」
「はい、儀式も見ていましたから」
「そっか。今まで黙っていてゴメンね」
アイラスはあわてたように首を横に振ったが、言葉は出てこないようだった。
アドルは気にしないでとでも言うように、優しく微笑んだ。こういった優雅な雰囲気は生まれつきなのか、それとも育ちの違いなのか。どっちにしても自分には絶対無理だと思う。
「ロムは、まだ誰にも試合を申し込まれてないの?」
「はい。若輩者ですから、誰も相手にしないと思います」
「でもロムの事は噂になってるよ。あんな子供がどうして騎士にってね」
「そうでしょうね……」
「やだよね。納得いかないなら試合でも申し込めばいいのに。万が一負けたらことだから、言い出せないんだよ。子供相手に本気になりたくないってのもあるのかもね」
「たかが試合なのに……」
討伐戦に比べたら、こんなのお遊びだ。死にさえしなければ結果なんてどうでもいい。
「ただの試合でもないんだよね。一攫千金の場でもある。勝者は敗者から武具を獲得できるんだ。身代金を請求することもあるよ。報酬はルールで規定されている。あとね……」
アドルは、ひときわ派手で目立つ鎧を身に着けた騎士を示した。
「お見合いの場でもあるんだ。最高の装備を揃え、勇敢に活躍する事で、美しく着飾った貴婦人達にアピールするんだよ。将来、自分の跡を継がせる娘婿の強さと技をじっと見ている父親もいる。この男ならば剣を手にして、相続財産を守り抜くだろうってわけだね」
どっちにしても、ロムにはばかばかしいと思えた。命より大切なものがあるはずもない。
「僕さぁ……友人が不当な評価を受けているのは、我慢ならないんだよね。示そうよ。君の力を」
「えっ?」
意味が分からず聞き返したが、アドルは答えなかった。
彼は片手を上げた。
「模擬剣をこれへ!」
凛としたよく通る声に、観衆が一斉に振り向いた。
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