少女は少年を慰めた

 四人はレヴィの工房に戻って来た。アイラスは思っていた疑問をレヴィにぶつけた。


「レヴィは、ニーナと、友達なノ?」

「ニーナは俺の育ての親だ」

「ニーナの、子供なノ!?」

「ちげーよ。育てのって言ったじゃねえか。俺は元々捨て子だったんだよ。本当の親はクロンメルのどっかに居るらしい」

「保護区出身じゃ、なかったノ?」

「ニーナの元に居たのは6歳までだ。その後は保護区だな」

「保護区、赤ちゃん、入れなイ?」

「そうじゃねえ。俺はすぐ入れる状態じゃなかったんだ。……まあ、別に俺の話はいいじゃねえか」


 レヴィはそう言ってロムを見た。アイラスとしては、彼を話題にして欲しくなくて喋り続けていたのに。

 視線を受けて、それまでずっと黙っていたロムが話し始めた。表情は重い。


「トールとレヴィは、俺の事……知ってたの? ニーナから、聞いてた……?」

「ああ、聞いてた。お前と初めて会った日の夜、ニーナに呼び出されてな」

「わしは知らなんだ。なにゆえレヴィだけ聞かされておるのじゃ……」

「お前が隠し事できねえタイプだからだろうが」

「解せぬ」


「なんで」


 そう呟いた後の言葉は、声にならなかった。ロムは両膝に顔をうずめ、腕で顔を隠した。嗚咽が漏れていた。

 アイラスは、その背中をさすった。


 ロムは、自分の過去を知られるのが怖かったんだろうか。

 アイラスも、トールも、知ったところで何も変わらなかった。過去なんて関係ない。自分が見ていない事を言葉だけで伝えられても、はいそうですかと頷くことはできない。おそらく、ロムが長年受けてきた苦しみも、聞いただけでは理解できていないのだと思う。


 自分自身で見てきたロムだけが全てだ。それ以上でもそれ以下でもない。真面目で、すごく強いのに臆病で、今を一生懸命生きている姿だけが、自分達の知る全てだ。


「……俺なんかのために、自分を危険に晒さないでよ……」

「わしは別に……。確かに、アイラスが危険になる可能性があった事には、気づいておらなんだ。その点は、ちと浅はかだったとは思うがの」

「トールって本っ当、バカ……」

「違うヨ。ロムが、バカだヨ」


 静かに強く言うと、嗚咽が止まった。


「自分が、どれだけ大切に、思われてるカ、全然、わかってナイ。私達だけじゃなイ。レヴィも、ニーナも、ホーク先生も、保護区の管理人だって、みんなロムが大切なんだヨ。ロムを大切にしないのは、ロムだけだヨ」


 ロムは涙で濡れた顔を上げて、アイラスを見た。胸が締め付けられる思いがした。泣かないで欲しいという気持ちと、思う存分泣いて欲しいという気持ちがあった。


 これ以上、何と声をかけていいかわからなくなった。何を言っても意味が無いように思え、アイラスは無言のままロムを抱きしめた。


 ロムの涙は、中々止まらなかった。




「あの騎士は、何の用であそこに居たの?」


 ようやく泣き止んだロムは、赤く腫れた目をこすりながら聞いてきた。


「アドルが連れてきたのじゃ。アイラスに、絵の依頼をしたかったそうじゃがの……」


 そう言って、トールはちらっとアイラスを見た。そんな風に見られても、考えは変わらない。イライラした気持ちを思い出して、プイと目を逸らした。


「私、描かなイ。断ル」

「……もしかして、俺がつぶしちゃった感じ?」

「タイミング的には、最悪だったな」

「ロムに嫌な事した人に、何もしたくなイ。描きたくなイ」

「そこまで怒らなくていいだろ。俺だってトールに似たような事したじゃねーか」

「レヴィは、すぐ謝っタ! あの人、謝ってなイ!」


 あの人がロムに謝る事は無いだろうなと思った。貴族で、騎士で、プライドが高そうに思う。だったら自分は、依頼なんか受けない。……少し、モデルの女性が気になるけれど。


 レヴィとトールが落胆しているのがわかる。それでもアイラスは、家族と思う人を傷つけた事を、無条件で許す気にはなれなかった。


 何を言われても自分の意見は変わらない。話題を変えようと思って、別の質問をしてみた。


「そんな事より、トールに聞きたい事、あル」

「なんじゃ」

「白に偽れないって、どういうコト?」

「言葉の通りじゃ。変化の魔法において、色は足す事しかできぬ。白は、元々白でないと不可能であろう?」

「使い魔を変化させる時の決まりがあるだろ? 元の姿と同じ色で、象徴を入れろって奴だ。あれは、最も簡単な方法でもあるんだ」

「じゃから白は、真実の色と言われておる」

「俺やお前みたいな黒髪は、偽りの色と呼ばれてるのさ」


 偽りと聞いて、アイラスの心がチクリと痛んだ。落ち込んだ顔にでも見えたのか、トールが慌てて取り繕うように言った。


「別に黒髪が悪いわけではないぞ! 漆黒の髪に憧れて染める者もおるくらいじゃ。気にする事は無い。……レヴィは余計な事を言うでない」

「はぁ? お前が先にそのネタ振っただろうが。……それよりロム、早いとこ刀を持って行って来いよ」


 そういえば、柄と鍔を交換してもらうという話だった。アイラスは気分を変えようと、努めて明るい声で言った。


「私も、ついて行って、イイ?」

「いいよ。特に面白くもないと思うけど……」

「ありがとウ!」


 二人は、傾きかけた日差しの中、急ぎ足で刀鍛冶の所へ向かった。




「……柄と鍔を交換……? 必要なさそうだが……」


 熊のような刀鍛冶に問われ、ロムは慌てていた。答えを用意してなかったようだ。彼にしては珍しい。今日は色んな事があったから仕方ないのかも。


「……誰かに……バレたか……」

「えっ……と、そうです。ご存知でしたか」

「……刀を見れば、わかる……『黄泉の申し子』……だな……?」

「戦場で俺を見た事があるんですか?」

「……無い……刀の特徴を……聞いた……『人狼』が人前に出る時は……みな顔を隠し、同じ装束で……体格と刀でしか、判別できない……」


 考え込んだロムを見て、熊は……いや刀鍛冶は、一瞬微笑んだように見えた。


「……過ぎた事だ……今はもう、意味のない話だ……。……交換は、引き受けよう……」

「いくらですか? 今度持ってきます」

「……金は、いらん……」

「そういうわけにはいかないです」

「……代わりに、これを……書いてくれ……」


 熊のような刀鍛冶は、一枚の紙をロムに手渡した。覗き込むと、何か長い説明があって、一番下に書き込む欄が二ヶ所あった。


「保護区の認識番号を書いて、サインすればいいんですね?」

「……そうだ……」

「それ、なあニ?」

「国に提出すると、保護区の者に援助したと認められて、補助金が出るみたい」


 きっとそれは高額ではないんだろう。この刀鍛冶が振るう技術には見合わないと思う。それでも、引き受けようとしてくれている。

 ここにもロムを大切にしてくれる人が居たと思うと、アイラスは嬉しくなった。

 同じ事を、ロムも感じているようだった。


「俺があなたのために出来る事、何かありませんか?」

「……礼を、言ってくれ……」

「……ありがとうございます」


 ロムは、深々と頭を下げた。アイラスも一緒に下げた。刀鍛冶は満足そうに頷いた。


「……それと……依頼の品も、できている……」


 そう言って、薄暗い奥の机を指差した。目を凝らすと、そこには二振りの短い刀があった。脇差とでもいうのだろうか。柄も鞘も漆黒で艶が無く、窓も明かりもないその場所では見えにくい。


 ロムは一本を手に取り、ゆっくりと鞘から抜いた。刀身も黒かった。刃先以外は、黒錆で加工してあるようだった。


「すごい……」

「……切れ味が落ちるが……黒漆を塗れば……さらに、闇に溶けよう……」


 正直アイラスには、刀の良さは全然わからなかった。でもロムの驚き様と喜び様を見ると、その刀がどれほどの業物であるかは想像がついた。


「あなたは、シンで鍛冶を学んだんですか? 外の国で、こんなにすごい技術が得られるとは思えない」

「……昔の話だ……」


 それ以上、言わなかった。ロムも聞かなかった。言いたくない気持ちは、彼にも分かるのだと思う。


「……こちらの刀が終わったら……また、連絡しよう……」

「よろしくお願いします」


 ロムは、また頭を下げた。アイラスもまた、一緒に下げた。

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