少女は過去を知った
「アドル様! お下がり下さい!」
騎士は剣を抜き放ち斬りかかった。ロムは慌てて刀を抜いて受け流し、距離を取った。アイラスとアドルは驚いて、同時に叫んだ。
「ロム!」
「お気を付け下さい。『人狼』の生き残りです。中でもこいつは『黄泉の申し子』と呼ばれ、恐れられています。子供と侮ってはなりません」
「『人狼』って、シンの? 国と共に全滅したんじゃないの?」
アイラスはロムを見た。ロムはアイラスを見た。その目は子犬のように怯えていた。
——違う。騎士の言う事は間違っている。
「やつの素顔を見て生き残った者は居ません。だが……その蒼い目と、その刀は覚えています。紋章はつぶされているが……数々の仲間を葬ったそれを、私は忘れる事はできない」
恨みを込めたその言葉を、アイラスはまともに聞いていなかった。
「止めテ!!」
アイラスはロムに駆け寄り、騎士に向き直った。そして、ロムを庇うように手を広げた。驚いた騎士は、バカなとか呟いている。バカなのはそっちだ。
「アイラス……」
ロムの声が、少し安心しているように聞こえた。彼を振り返り、大丈夫だよと言うように笑いかけた。
そしてまた騎士を睨んだ。腹が立って仕方がなかった。アイラスやアドルが普通に話していたのを見てなかったのか。昔と今が違う事がわからないのか。恨みで我を忘れているのか。
「離れてて。危ないから」
ロムの目に、強い力が戻っていた。
アイラスを押し退けて、彼が前に出た。
「ダメ……!」
——私が側に居たら、あの騎士は手が出せない。だから、離れては、ダメ。
ロムはそのまま走りだし、伸ばした手は届かなかった。
混乱して、まだ慣れない言葉は出てこなくなった。必死でトールに思いを送った。ロムを助けてと。
でもトールは猫の姿のまま、微動だにしなかった。
混乱したまま走り出したけれど、腕をレヴィに掴まれた。
「心配すんな。ロムはやられねえしやらせねえ」
「レヴィ……ロム! トール……」
もうアイラスからは、固有名詞と涙しか出てこなくなった。大人の男が相手で、ロムは無事でいられないんじゃないかと足が震えた。
「心配せずに見てなって。あいつは証明しなきゃなんねぇんだ」
金属のぶつかる音で、思考は中断された。ロムと騎士が切り結んでいた。
力勝負になるとロムには分が悪い。騎士に押されて、ロムはよろけた。連続でくる追撃を紙一重でかわしつつ、ロムは後退した。
騎士の剣が振り下ろされる度に、アイラスの心臓は縮んだ。見ていられない。
——でも、見なきゃ。
ロムは、突かれた剣を自身の刀で絡めるように巻き、上に弾いた。アドルが得意な技だ。剣の重心がずれ、騎士は体勢を崩した。
アドルの場合、そのまま胴を狙ってくるが、ロムは剣の鍔を狙った。剣は騎士の手から離れ、高く弾け飛んだ。
「あっけねえな」
ガラガラと音を立て、足元に転がってきた剣をレヴィが拾った。ロムは刀を鞘に納めた。
「なぜ、殺さないんだ」
「俺はもう、理由のない殺しはしたくない」
騎士はその意味を、理解できていないようだった。目には、まだ闘争心が宿っている。腰にもう一本さしている短剣に手を伸ばした。
「いい加減にせんか! バカモノ!」
トールの一喝で、その場の全員が振り向いた。トールは人の姿を取っていた。その髪は白かった。
「トール、色が……!」
「『神の子』か……?」
「いかにも。そやつは昔とは違う。今は危険はない。わしが保証する」
「お前が『神の子』だという証拠はあるのか? 魔法使いなら、髪の色等どうとでもなるのではないか?」
「名無しは知らんのか。白に偽る事はできぬ」
それ以上、騎士は反論しなかった。顔には不満の表情があったが、先程までの闘争心は消えていた。アイラスやロム自身が何を言ってもダメだったのに。『神の子』とは、そんなに特別な存在なんだろうか。
「……なあ、あんた。『人狼』の掟を知っているか?」
レヴィはゆっくりと話し始めた。騎士に近づき、剣を返した。
「『人狼』で生まれた赤子は検査され、半数は殺される。丈夫で健康でなければ生きる価値がないのさ。そして、7歳になると本格的な戦闘訓練が始まる。食事も自分の力で手に入れなければならねぇ。与えられるのは一振りの刀だけだ」
壮絶な内容に息をのみ、ロムを見た。彼は下を向いていて表情が見えなかった。拳は強く握られていた。
心配になって、近づいて手に触れた。
ロムは小さく震え、アイラスを見た。すがるような目だった。両手で彼の手を包み込むと、固まっていた指はほどけ、強く握り返してきた。
「お前に、こいつが受けてきた苦しみがわかるか? こんなガキが、戦となれば放り込まれ、意味も分からずに殺し続けるしかなかったんだぞ」
「殺されたというおぬしの仲間には同情するがの、おぬしとて戦となれば誰かしら殺めているであろう。悪いのは戦そのものであり、その道具として使われていたこやつ自身ではあるまい」
二人から責められるように言われ、騎士の表情は沈んだ。眉間にしわを寄せ、何かを深く考えているようだった。
場は、水を打ったように静まり返っていた。
その静寂を破るように、光を伴ってニーナが現れた。
「早かったのう。転移か」
「トール、その姿……!」
ニーナが魔法の言霊を呟いた。トールの周りにキラキラと光の粒が舞い降り、トールの髪は淡い栗色になった。
それから一同を見回し、アドルと騎士に杖を向けた。
「あなたとあなた。今見た事を口外しないと誓えますか? 『神の子』だという事実が広まると、トールだけじゃなく、その主であるアイラスも危険なの」
「君は、魔法使いだったのか……」
「どうですか? 誓えないなら、記憶操作の権利を行使します」
「誓います」
アドルが慌ててニーナに跪いた。その肩にニーナが杖で触れた。
「あなたはどうですか?」
「誓えません。記憶を消して下さい」
「御自分の事を、よく理解してらっしゃるのね」
ニーナは苦笑して、杖を振りかざした。
「……さて、ロムのことだけれど」
騎士は魔法の余韻でふらつきながらも、姿勢を正していた。
「彼がここに来た時から、その素性については把握しているわ。誰も、何も、心配しなくて結構よ」
「そやつから、ロムの記憶は消さぬのか? わしはそのつもりで、おぬしを呼んだのじゃがな……」
「そこまでしなくても、ロムは自分に降りかかる火の粉は自分で振り払えるわ。トールとは……いえ、アイラスとは事情が違う。ただロム、その刀はどうにかならないかしら? まさか、刀で判別されるとは思わなかったわ」
「近いうちに得物は変更するつもりです。でもこれも、柄と鍔を交換できないか刀鍛冶に聞いてみます」
「それでいいわ。交換できなかった場合は使用を控えてね」
それからニーナは、レヴィに向き直った。
「みんなを頼んだわよ」
「わかってる」
二人は知り合いなのかと驚いた。有名なニーナをレヴィが知っているのはおかしくないが、ニーナもレヴィを知っていて、しかも信頼しているような口ぶりだった。そういえば、レヴィは誓いを強要されなかった。
その疑問を口にする前に、ニーナは口を開いた。
「では、私は帰るわね。外の日差しは、私には眩しすぎるから」
彼女は来た時と同じように、光を伴って消えていった。
「僕達も帰ります。絵の依頼どころじゃなくなっちゃったものね。許されるなら、また改めて伺います」
「しかし……」
「帰ります」
強い口調で言われ、騎士は言葉を飲み込み頭を下げた。
アドルの方が身分が上のように見えた。騎士も相当位が高そうだが、それよりアドルの方が上なのか。一体、アドルは何者なんだろう。
知ってしまった事実と理解できない事実がありすぎて、アイラスの頭は混乱を極めていた。
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