過去と未来
少女は絵を依頼された
アイラスとレヴィとトールは、大通りから南に一つ外れた通りに居た。ロムは音楽の授業があって保護区に戻っていたし、アドルは今日は来てなかった。トールは猫の姿で、涼しい日陰で寝そべっている。
「ありがとう、ございマース!」
そう言ってアイラスは、若い女性からお金を受け取って、絵を三枚渡した。それぞれ、ロム、ホーク、アドルが描いてある。レヴィにならって、アイラスも絵を売るようになっていた。
「なんでお前の方がよく売れるんだ?」
レヴィに責めるように言われ、アイラスは困ったように笑った。
その理由は何となくわかっていた。自分は修行中だからと、絵の値段を安く設定したせいもあるが、他にも思い当たる節はあった。
レヴィが城から依頼されていた絵の納品は終わり、アイラスは以前のように美術の授業に出ていた。そこで、自分の絵を買ってくれる人は居るかと聞いてみたところ、みんな喜んで宣伝してくれた。……主に、ホークのファンの人達に。噂が噂を呼んで、露天にはアイラスが描いた(ホークの)絵を求める人が大勢来た。
アイラスの描く絵は人物画で、レヴィの描く絵は春画だ。そしてアイラスの絵を買うのは女性ばかり。露店には女性客が集まっていた。そうなると、レヴィの絵が欲しい男性客は、近寄りにくくなる。
アイラスが絵を売ろうと思ったのは、餌代の足しになるんじゃないかとレヴィに勧められた事がきっかけだ。だが、自分のせいでレヴィの売り上げが落ちるのは想定外だった。何か対策を考えなければと、アイラスは頭を悩ませた。
「絵を、袋に入れて売ル、どう? 周りから、何を買った、わからナイ」
「なるほど……」
「それと、女性向けの絵、書ク」
「は?」
「だから、男と、男が……」
それ以上は恥ずかしくて言えなかったが、レヴィは察したようだった。
「そんなの買うやついるのかよ……」
「居ル。学校で、そういうの、描く、頼まれタ。断ったケド……」
「お前も大変だな……」
全くだ。10歳の自分に頼む物ではない。頼んできたのは、アイラスより大きい女の子達だった。でも宣伝を最も頑張ってくれたのも彼女達なのだから、無下にもできない。レヴィが本当にそんな絵を描いたら、彼女達にその事を伝えてみよう。買いに来てくれるかもしれない。
「こんにちは!」
元気な声に顔を上げると、アドルが立っていた。
「工房に行ったけど誰も居なかったから、こっちかなと思って。今日は、紹介したい人を連れてきたんだ」
見ると、騎士のような身なりの男が立っていた。30歳位の精悍な顔つきをしている。
「彼が、アイラスに絵を頼みたいんだって。僕が貰ったレヴィさんの絵を見せたら、すごく気に入ったみたいで」
「お前、いつの間にそんなの描いてたんだ……アドルもアドルだ。貰ってんじゃねえ。返せよ」
「ダメ! アドル、ちゃんとお金、払ってル!」
「アドル……?」
騎士が首を傾げて、アドルを見た。アドルは少し慌てたようだったが、にっこり微笑んだ。騎士も、なぜか笑い返した。
アドルというのは、偽名なんだろうか。以前アドルが言っていた隠し事というのは、その事なんだろうか。レヴィは、トールは、今の二人の様子に気づいたかな。トールは相変わらず寝ているし、レヴィは何かぶつくさ言っている。
「君がアイラスかい? こんなに小さな子とは思わなかったよ」
アドルの事は、とにかく気にしないでおこう。本人が話せるようになったら、話してくれると思う。隠したい事を無理に聞き出さなくていい。
それより今は、絵の仕事だ。もし請け負ったら、露天以外では初めての仕事になる。
「どんな絵? 私、描けるカ、わからナイ」
「ある女性の絵を描いて欲しい」
「人物画なら、描ける……カモ。でも、どうして、私?」
「モデルが娼婦なのでね。普通の画家には頼めないんだよ。こんな依頼で申し訳ないのだけど」
「そんなの、気にしなイ。レヴィも、気にしないヨ? レヴィの方が、上手いヨ?」
「いや、君の絵を見せて貰った。私は、君の絵が好きだ。君に頼みたい」
好きというのは、絵描きにとって最高の褒め言葉だ。上手いと言われても、アイラスはあまり嬉しくない。頷けないからだ。
もっと上手い人はたくさん居る。それなのに、自分の絵が好き?
そう言われると、アイラスは感激のあまり言葉が出てこなかった。
「確かに未熟な部分は見受けられるが、とても心がこもっている。絵に対する気持ちなのか、モデルに対する気持ちなのか。私にはわからないが、とても優しい気持ちがこもっている。だから君に描いてほしい。……貴族の道楽と笑うだろうか?」
「そんな事、ナイ。描ク。その人、どこ? 会いたイ」
「それは無理だ。彼女は三年前に亡くなっている。私が特徴を伝える。それで描くのは難しいだろうか?」
騎士が、亡くなった娼婦の絵を欲しがっている。それには、とてつもないドラマが隠されていそうに思う。実物を見ずに描くのはとても厳しいが、アイラスはなんとしても描きたいと思った。
「難しいけど……やってみマス。もしイイのが、描けたら、買って下サイ」
「頼むよ。急ぎではないから、納得のいくまで描いてくれ。もし必要なものがあれば、用意させよう」
「うんと……今は、大丈夫デス」
「アイラスにとっては、初仕事になるな。気合入れろよ」
「そうなんだ、頑張ってね!」
話がついたところで、遠くからロムが歩いてくるのが見えた。音楽の授業が終わったのだろうか。アイラス達を見つけて小走りになった。
「あれ? アドル。来てたの?」
「うん、アイラスにお客さん連れてきたんだ」
そう言って、騎士の方を振り返る。
「彼が、アイラスに絵を……」
アドルはそこまで言って、言葉を飲み込んだ。騎士が険しい目でロムを睨んでいたからだ。
騎士は、絞り出すような声で言った。
「その刀、その目……お前は『黄泉の申し子』……? 生きていたのか……」
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