少年は手紙を貰った
二週間が経ち、九月になった。
アドルはまた来ると言っていたが、あれから一度も顔を合わせていない。アイラスが基礎教育の授業に出るようになり、週に二~三日しか工房に行かなくなったせいもあるかもしれない。
彼が来たら、自分が潰したアイラスの初仕事を何とかしてくれないか頼むつもりだった。今は彼女は授業に出ていて暇なので、窓の外をぼんやり眺めながら、他に手はないかと頭を悩ませていた。
そこへ、黄色い小さな鳥が飛んできた。ロムをじっと見つめ、ピィと一声鳴いた。
人懐っこいので、誰かのペットかなと思って手を出すと、飛び乗ってきた。その足に、小さな筒が取り付けられている。
魔法使いが普通の人とやり取りをする時に、使い魔に手紙を運ばせると聞いた事がある。ニーナだろうか? でも今まで手紙なんて貰った事はない。他に魔法使いの知り合いは、アイラスとホークしかいない。同じ保護区内に居る二人が、こんな回りくどい事をするとは思えない。
「これ、俺宛?」
もし使い魔なら言葉がわかるかもと思い、声に出して聞いてみた。鳥は返事をするように、また一声鳴いた。
ロムはお礼を言い、筒から手紙を取り出した。
小さな便箋は小さな字でびっしり埋まっていて、若干うんざりした。
それはアドルからだった。鳥は宮廷魔術師の使い魔らしい。そんなものを個人的に使う事ができるなんて、アドルは何者なんだろう。
ロムは手紙を読みながら、携帯食の干し果物を取り出し、手の平に広げた。鳥は嬉しそうについばみ始めた。
手紙には、しばらく工房に行けない事、レヴィに会えない事の辛さが長々と綴ってあった。寂しそうなアドルの様子が目に浮かんだけれど、苦笑するしかなかった。
長い長い文章の最後に、付け加えるように二つの情報があった。近いうちに大型討伐がある事。その指揮官が、この前の騎士である事だ。
多分ここが本題と思うが、なぜこの情報が自分に必要なんだろう。
大型討伐に参加する事を勧めているんだとは思う。討伐依頼はかなり前から探しているが、条件に合うものは中々見つからなかった。
この話はアドルにもこぼした事があるから、勧めてきた理由はわかる。でも指揮官があの騎士だという話は、全く意味がわからない。別にそこはどうでもいいような。そこまで考えて、ロムは気づいた。
あの騎士が指揮する討伐戦で功績をあげられれば、自分に対する評価が上がる可能性がある。アイラスが絵の依頼を断ったのは、あの人がロムを恨んでいるからだ。そこが改善すれば、彼女の気も変わるかもしれない。
アイラスは、自分自身が少々酷い目に合っても我慢強いのに、ロムやトールに被害が及んだ時は沸点が異様に低い。すぐキレる。それはとても嬉しいのだけど、そのせいで彼女が不利な状況になるのは、こちらとしては不本意だ。
便箋の裏に、レヴィに関する慰めの言葉と、情報に対するお礼、それから討伐に応募する旨を書き、また筒に入れた。
鳥の羽根をなで、声をかける。
「手紙を運んでくれてありがとう。返事を書いたから、この手紙を出した人に届けてくれる?」
鳥は嬉しそうに一声鳴き、城の方向へ羽ばたいていった。
その日のうちに冒険者ギルドに行くと、大型討伐の募集はすでに出ていた。実施日はまだ先だが、編成を決めるために早めに出しているのかもしれない。内容は、ゴブリンの集落討伐だった。
「参加するんですか? 大型討伐は初めてでしたよね?」
「はい、記入欄がたくさんありますね」
「自分の技能をアピールする必要がありますからね。それによって、どこに配属されるか決まります」
受付の女性は、説明しながら素早く記入していった。
「武器は、どれでも使えますよね? 全部丸をつけておきますね。持ち込み武器は刀ですか?」
「最近、短刀の二刀流に変えました。書き方が変わりますか?」
「近接二刀流と書いておきますね。徒手格闘と同じ扱いになると思いますが、特に問題ないでしょう。所持技能で記入可能なのは隠密と騎乗ですけど……こちらは未記入にしますね」
「なぜですか?」
「今回の討伐戦は森の中で、馬は使えません。騎乗は意味がないので、書く必要はありません」
「隠密は?」
「書いてしまうと斥候部隊に入れられる可能性があります。斥候は偵察の後、本隊に合流する事になり、前線で戦う機会が少ないです。それでは、討伐評価をもらいにくいです。ロムは、Cへのランクアップのために応募するのでしょう? 本末転倒なので、内緒にしておきましょう」
女性は人差し指を唇にあて、いたずらっぽい笑顔で片目をつぶった。
以前からそうだったけど、この人は違反しないギリギリの線を狙ってやっているような気がする。
「配属が決まったらこちらに連絡がきますので、頃合いを見てまた来て下さい。……上手くいくといいですね」
「はい、がんばります」
これが上手くいったら、自分だけでなくアイラスの未来も開けるような気がしていた。
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