勇者のその後
八ツ波ウミエラ
スヤチ
八月三十一日、マリは時空の歪みから現れて、ただいまと言った。
八月一日、マリは突然いなくなった。それはマリがカラオケ屋のバイトをやめた次の日だった。
「ニートだから家事は全部任せろ!」
そう言って皿洗いをしていたマリを、突然白い光が包み込んだ。マリはいなくなって、蛇口から水が出る音だけが部屋に響いた。
ルームシェア相手が白い光に包まれていなくなったんです。警察に言う勇気は無かった。
時折、マリがよくジョギングに使っていた道で名前を呼んだ。知らない小学生の女の子に犬を探してるんですかと聞かれた。私はそうなのと答えた。
夕食は毎日二人分作った。朝になるとそれを朝食にした。
マリが通り終わると、冷蔵庫の前に出現した時空の歪みは音も無く消えた。
「おかえり、今日の夕御飯はオムライスだよ」
「やったー!オムライス大好き!」
マリはオムライスを食べながら、異世界に行っていたのだと語った。勇者として召喚されたらしい。
「いや~、勇者いっぱい働いたよ!ルバレ収穫したり、ピロゥ収穫したり、ポサ収穫したり!」
「勇者、畑仕事ばっかじゃん」
なんでもマリを召喚したのは人員不足に悩んだ農家だったらしい。
「向こうで花ちゃんって子と友達になったんだけど、花ちゃんは魔王倒すって言ってた」
「勇者も人それぞれなんだね」
マリがオムライスを食べ終えた。
「ごちそうさま!美味しかったです。ありがとう!」
「どういたしまして。デザートに何か食べる?冷蔵庫にいろいろあるよ」
マリは鼻歌を歌いながら冷蔵庫をチェックする。
「これにする!スヤチ!」
「スヤチ?」
マリは手にわらび餅を持っている。
「向こうだとスヤチって呼んでたから、間違えた……」
「なんかあれだね、海外から帰ってきた人が日本語をちょっと忘れてる、みたいな」
「ウチの場合、異世界だけどね~」
マリが帰ってきてから半年が経った。
目覚まし時計を止めて、洗面所に向かう。歯みがきをしていると、マリが言った。
「異世界帰りの人の集まりに行くんだけど、スミレも一緒に行こうよ」
集合場所は何故かインド料理の店だった。
無事に魔王を倒した花ちゃんも、異世界魚の魚拓をたくさん持って帰った勇気くんも、異世界にマラソンを広めた才藤さんも、みんな必死な顔でメニューを眺めている。
「俺はこれがグルムっぽいと思う」
勇気君がスープのイラストを指差しながら言った。
グルム。半年間毎日のように聞いた単語である。それはスパイスの効いたスープ。色は美しい黄金色。一口飲めばもう手は止まらない。空駆けるドラゴンのように、勇者の持つ聖剣のように、異世界に存在する最高の物のひとつだとマリは言った。
みんなが勇気くんの選んだスープを飲む。私はそれを見守った。
ため息。
「「「「なんでこの世界にはグルムないの?!」」」」
花ちゃんは女子大生、勇気くんは高校生。才藤さんはイラストレーター。マリはコンビニのアルバイト。
たったひとつのことを除いて、接点なんて全然無いであろう四人が、同じことで悩んでるのが、なんだかおかしくって私は笑った。グルムでないスープは美味しかった。次の集まりではベトナム料理の店に行くことに決まった。
次の集まりは、十日後の三月十五日。カレンダーに丸印を付けておくことにした。そういえば、明日の三月六日はマリの誕生日だ。
「マリ、誕生日プレゼント何か欲しい物とかある?」
「んーとねぇ……ん?…………………………あ―――――――!!!!!」
うるさい。大家さんに怒られるよ。
「ウチ、今日誕生日かもしんない!」
「今日は三月五日だってば」
まぁ、異世界に行くような子だから、誕生日を間違えたくらいじゃもう私は驚かない。
「時空の歪み使って帰るときにさ、係の人に言われたんよ!ちょっとずらして帰れますよって!んで一日ずらして帰ったの!だから!今日がホントの誕生日!」
さすが時空の歪み。時間ずらしたりとか出来るんだ。
「何でそんなことしたの?!」
「だって、スミレが泣きながら待ってると思うと、早く帰らなきゃって!!」
うるさい。泣いたのなんて、ニ、三回だけだ。いや、五回だったかな。
ケーキが無いので、とりあえず、わらび餅にロウソクを立てた。
「なんかスヤチ、かわいそ……。スヤチって異世界の言葉でスライムに似たお菓子って意味らしいよ」
「あっそ」
「つめた。一日ずれたとはいえ誕生日なんだから、もっと祝って!ウチ、勇者ぞ!」
勇者が祝言を所望している。
「異世界に行って、冒険を共にしていない仲間達と、一日ずれた誕生日を手に入れた勇者さん、お誕生日おめでとう」
「ありがとう!勇者の旅はね、まだまだこれからよ。人生は長いからね」
勇者のその後 八ツ波ウミエラ @oiwai
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