とある男のゴスペルソング
ねこたば
第1話
「おめでとう」
足元の水溜りに映る僕が、そう話しかけてくる。
すぐ隣には真っ赤に染まった物体が転がっている。
「魔王は君の手によって倒された」
かつては人の姿をとりこの世界を凶悪な力によって支配していた魔王は、すでにこの世にはいない。
思えばここまで随分と長く夢のような道のりだった。
「君はこれでヒーローだ」
「ヒーロー……」
「そうだよ。君が魔王を倒したんだ。この世界を救ったヒーローだよ」
「救う……?」
ただ他人より少し大きな力を持っていただけの、『化け物』だった僕が『ヒーロー』……?
ただの木偶の坊だった僕が、救った……?
「そうだ。君は救った」
僕は後ろを振り返る。
そこには無数の肉塊が斃れ伏す凄惨な血の海が広がっている。
「エリナ、ユージ、カーラ……。仲間は、みんな死んだ」
「その代わり、多くのものを救った」
「戦っていた相手も、救いたかった人達だった」
「仕方ないさ。魔王は人を操り、君たちを攻撃していた。一度操られた人は助けることができない」
ジリリリリリリ。
城内に響くベルの音が頭の中をかき乱すようで気持ちが悪い。
水たまりに映る自分からの言葉に、僕は考えのまとまらないまま問いかける。
「助けることのできない者をも助けるのが……勇者なんじゃないの……?」
「勇者とヒーローは違うよ。それに、両腕に抱えることができる物には限りがあるだろう?」
「でも……」
「それに、ほら。君にはまだ仕事があるだろう? そんなことに悩んでいる暇はない」
僕のやりたいこと……。
それは、世界を苦しみから救うこと。
かつて、世界には無数の王国が存在していた。
魔王が各地に存在し、人々を支配し他の魔王の支配する国と戦う。
魔王による統治下では世界が乱れ、戦いが絶えなかったのだ。
「だから、二度と戦う必要のない世界を作りたいと思った」
「それで、魔王を倒す旅に出たんだよね」
そうだった。
争いが起き人が死ぬのは、魔王が人を支配し国という高度に統制された社会が存在しているから。
逆に、国のない原初的な世界に戻してあげれば争いは小さくなるのではないだろうか。
たしかに今の生活は便利だ。
けれど、その原初の生活こそが人の生物として自然な生活なのではないか。
そんな生活の中では、きっと多くの人が苦しむような凄惨な戦いは起きないはずだ。
そのことに気づいてから、僕は随分と長い間戦い続けてきた。
「人より力に恵まれた僕は無数に存在した魔王達を斃し、王国を野に山に返していった」
「そして今日、僕は最後の魔王を倒すことができた」
死屍累々の肉の山と血の海。
それを眺めていると、血だまりの中の僕が問いかけてきた。
「どうだい? 全ての魔王を倒し全ての王国を消し去った。失ったものも多いが、目的は達成できた。何か思うことはあるか?」
当然だ。
魔王と戦い続けて新たに気づいたことがある。
「僕は、人のことを思って行動を起こしてきた。これ以上争いが起きないように、戦いを無くすための戦いをしてきた」
「でも、魔王を倒し政治基盤を破壊し国を破壊した後、各地で人々は新たな魔王を立て国を再建しようとする」
僕の言葉を受けて血だまりの中の僕がそう続けた。
「駄目だと教えても理解しようとしない。武器を手に取り僕を排除しようとする。差し出した救いの手に唾を吐く。仕方がないから彼らを処分する。どこに行ってもこの繰り返し」
魔王の顔をした僕が、地面に倒れたまま呆れたようにそう呟くと、それに呼応するように肉塊の山となっていた死体達がその顔を僕の顔に変えて口々に文句を垂れ出す。
「救おうとしている人達が自らその手を払いのける」
「自ら武器を持ち、戦いの女神にキスをする」
「何度も何度も何度も何度も」
「そのエンドレスの中で気づいたんだよ」
「魔王を、国を消したところでこの世から戦いは消えない。人がそれを望んでいるのだから」
「だから、僕の戦いを終わらせるための戦いも終わらない」
「この世界がある限り、僕の戦いは終わらない」
「戦いたくないのに」
気がつけば城内は静かになっていた。
魔王だったものはただの肉塊として倒れ伏したまま。
屍肉の山、血の海は静かにその身を横たえている。
その静寂の中で響き続ける、ジリリリリというベルの音。
ただその音を聞きながら、僕は口を動かす。
「世界がなくなれば戦いの意味がなくなる。この世界から戦いを失くすには、まず世界を滅ぼさねばならない」
王の椅子。
そこに腰掛ける。
「僕はヒーローだ」
ヒーローも勇者も世界を救う。
ただしそのプロセスは違う。
ヒーローはそこら辺にいる人々の生活なんか御構い無しに、世界全体という大きな枠組みを救うために力を尽くす。
一方で勇者は小さな依頼から大きな依頼まで、全てを蔑ろにすることはない。
だが、より小さいものを拾おうとするあまり、大きな世界全体を見ることは出来ない。
「僕はヒーローだ……」
目の前に広がる死屍累々の景色。
この景色は世界の救済に向けての決意の景色。
玉座から血の海を見下ろしながらそう呟いた時、王の間の扉が開いた。
「魔王! ここにいたか!」
「覚悟!」
「魔王?」
突然飛び込んできた少年と少女。
二人の言葉に疑問が浮かぶ。
「この俺が、か?」
「そうだ!」
「たった四人で世界を破滅に導く悪の集団……その中でも圧倒的な力を誇るリーダー。まさに魔王という他ない」
「違う。俺は……ヒーローだ」
玉座から立ち上がり二人を見下ろす。
「いたぞ!」
「みんな早く来い!」
「こっちだ!」
「魔王覚悟!」
王の間に続々と人が流れ込み、雑踏と喧騒で溢れる。
「そうか。君らも……」
僕のことを魔王だと思っているらしい。
おそらく魔王の術で幻覚を見ているのだろう。
術者が死んでなお効力を持ち続ける術式など聞いたこともないが。
「しかし、魔王ならばそれくらい容易いのだろう」
そう独りごち、剣を構える。
「仕方ない。その呪いから君達を救い出そう」
剣を一振り。
これで十分だ。
「おめでとう」
バタバタと倒れていく兵士たち。
また、一握りの人々を救済できた。
けれどもこれはほんの一握り。
はやく世界を救済せねば……。
「ぐ……あ……」
「ほう、まだ生きているか」
王の間を埋め尽くしていた人々が新たな死体の層となった中で、わずかに響くうめき声。
見れば、最初に現れた二人の子供が生き残っていた。
「近すぎて威力が削がれたか、或いは攻撃の死角だったか……まあいい、すぐに楽にしてやろう」
倒れ伏す二人に近づき、少年の首元に剣を突きつける。
「安心しろ。すぐに楽にしてあげよう」
「この先に……何がある?」
「?」
少年が突然口を開いた。
その言葉の意味が分からず、首をひねる。
「戦いのない、平和な世界」
「平和……。みんなを殺して……何が平和なんだよ」
「人が多いから争いが起きる。国がいくつもあるから争いが起きる」
「だから……世界を滅ぼすの……?」
「滅ぼす?」
思いもしない言葉に耳を疑う。
「救っているんだよ」
剣を押し込み、引き抜く。
骸を放り出し少女に近づく。
「あなたがやっていることは世界の破滅よ」
涙を流しながらも気丈に振る舞う少女。
この涙も戦いのせいで流れた。
改めて戦いを無くさねばという思いを強くする。
「君と、そこの少年の命が失われるのは非常に残念だ」
「な……!」
「最後まで闘志を失わずに相手に立ち向かおうとする……魔王に操られていなければと、残念に思うよ……」
「魔王は……あなたでしょ!」
「僕が魔王か……もし、僕が魔王なら君達は勇者になる素質があっただろう」
「勇者?」
「その胆力は素晴らしい。けれど、見ている世界が小さすぎる」
何を言っているのか分からないという顔をする少女。
「世界を壊すあなたが……より大きな世界を見ていると?」
「壊しているんじゃない。世界を救っているんだよ。世界がなくなれば戦いの意味がなくなる。戦いをなくし世界を救うために戦っているだけなんだ」
「い、意味がわからない……」
「分からなくていい。ただ、君の犠牲は無駄にはならない」
剣を振るう。
血の雨が降り、すでに真っ赤に染まっていた僕の服の袖から真っ赤な水が滴る。
「おめでとう」
また一人、救われた。
「おめでとう」
世界は救済に近づいた。
「さて」
僕は足を動かす。
「いこうか」
王の間を出ると新たな兵士が駆けつけていた。
数が少ないところを見るともう残存兵力はないのだろう。
「おめでとう」
再び剣を振るう。
蜘蛛の子を散らして逃げる者、立ち向かおうとして届かぬまま斃れるもの。
「おめでとう」
やがて何も聞こえなくなった城内。
静けさの中、僕の足音と呟きだけが響く。
「おめでとう」
おめでとう。
この国もまた、救済された。
「そして、これからだ」
世界の救済のため、やるべきことは残っている。
やるべきことをするために、僕は足を進める。
さあ行こう。
世界の救済のために。
いつか、それが叶った暁には再び祝いの言葉を呟こう。
「おめでとう」、と。
とある男のゴスペルソング ねこたば @wadaiko_pencil
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