【KAC9】おめでとうって言われたい。

牧野 麻也

おめでとうって言われたい。

 おめでとう


 人に言うことはあっても、自分が言われた事は久しくない。


 おめでとう


 つまり。祝われるような事がここしばらくの間ないって事か。


 おめでとう


 この言葉、今年に入ってから何回言ったんだろ。


 煌びやかな照明と着飾った老若男女が大広間に一手に集うそこは、披露宴会場。

 今年四回目の結婚式にて。

 勿論、俺は祝われる側でなく、四回目とも祝う側である。

 会社の同僚、中学からの友人、大学の友人など、なんの因果か。

 ご祝儀破産しそうじゃコラ。


 そんな事を会社の同僚の女の子に愚痴ったら。

「女はもっと金かかるんだよ。同じドレス着れないし、美容院代もばかにならないし」

 逆ギレのように愚痴返しをくらい、速攻で「なんかごめんなさい」と謝ってしまった。


 そして。

 男版のブーケトスなんてあるんだな。

 俺の頭に落っこちてきたのはブロッコリーだったけど。

 ご丁寧にマヨネーズの小袋までつけて。

 いるか、こんなブーケサイズのブロッコリーなんて。

 食えってか。

 独りで。

 なんの罰ゲームだよ。


「お前もそろそろなんじゃねえの?」

 高砂に真っ赤な顔して座る新郎である友人が、ベロンベロンに酔っ払って、若干呂律が回らない口でクダを巻く。

 俺が真顔で見下ろしている事に気付かないのか。

 半年前に別れたって言ったろがい。

 何がそろそろなんだよ。

 孤独死フラグの事か? この野郎。


 挙げ句の果てに。


 別の用事があって実家の母に連絡したら。

 どっから話が伝わったのか。友人の結婚式に出た事がバレていて。

「ウチはもう、アンタが末代ね」

 と、ど直球な嫌味を豪速球でぶつけられた。

 文字通りデッドボールで、そのまま息の根が止まるかと思った。


 おめでとう


 なんて。

 もう、俺は一生人から言われる事ないのかな……


 ***


「で? そんな愚痴を、なんで私に聞かせんの? 同い年で同じく独身の私への嫌味か何か?」


 恐ろしい指さばきで3DSを操作しながらこちらを見ずに鋭くそう反論するのは、俺のゲーム仲間の赤羽ミカサ。

 前の会社の同僚で、未だに付き合いのある彼女は俺以上のゲーム狂で、今日は俺のゲームのサポートをしてくれていた。


 そこはチェーン店の居酒屋。

 二人で協力しながらモンスターを狩りまくるゲームをやっている。

「あ、いや、そういうんじゃなくってさ……」

 慌てて赤羽の方を向いて言い訳しようとした瞬間──

「あ、来るよ」

 赤羽の言葉とほぼ同時に。

 俺のゲーム中のキャラがドラゴンの炎の直撃を食らって吹き飛ばされた。

「やばいやばいやばいやばい! 死ぬ死ぬ! ああ! 手が滑って間違えて毒消し使っちまった!! やめろ! ガッツポーズすんな!! ああっ死ぬ! 死んじゃう!!」

 ドラゴンが、俺に向かって大きく腕を振り被り──

「ほらよ」

 赤羽の武器──ヘビーボウガンの強力な一撃がドラゴンの頭へとクリーンヒットした。

 ドラゴンが仰け反ってダウンした隙に、俺はもう一度アイテムを使って体力を回復する。

「どうする? 佐々木がトドメ刺す?」

 モンスターがダウンしているにもかかわらず、赤羽は追撃せずに待ってくれていた。

「いや、俺もう二回やられてるし……倒しちゃって下さい」

「おー」

 俺の言葉を受けて、赤羽のキャラが立ち上がろうとしていたドラゴンの背後にすかさず回り込む。

 そして、エグい程の連撃をドラゴンに叩き込んだ。


 あっという間に、ゲームクリアとなった。


 ほっと息をついて、ぬるくなったビールをゴクリと飲み下す。

「いやぁ、勝利の酒はうまい!」

「倒したの、私だけどね」

 いつの間にか追加で頼んでいたハイボールを飲みながら、赤羽は呆れたようにツッコミを入れてきた。

「ありがとうございました、赤羽様」

 俺が深々頭を下げると、赤羽はゲーム機を置いて一度大きく伸びをする。


「ま。それはいいとしてさ。

 何、佐々木は結婚したいの?」


 赤羽の予想外の言葉に、俺は呑んでいたビールを吹き出しそうになる。

 吹き出さないように我慢したら、ちょっと鼻から出た。

 鼻腔の奥が焼けるように痛くなり、俺はおしぼりを顔に当ててテーブルに突っ伏す。

「ちっ……違ぇよ! そうじゃなくてさっ……」

「そうなん? じゃあやっぱ私への嫌味?」

「それも違うっ!」

 俺はあらぬ誤解を解くために、顔を上げて赤羽へと詰め寄る。

「『おめでとう』って、言われたいなって思って……」

 そう、単純でささやかすぎる俺の望みを、全力で赤羽に力説した。


「……おめでとう、佐々木。まだ鼻からビール出てるよ」

 真顔でそう指摘してくる赤羽に、俺は肩を落とした。


 女って共感力が強いから、愚痴を聞いてくれるってネットの記事で読んだのに、赤羽はそのカテゴリの中には入ってなかったようだ。


「赤羽は言われたいと思わないの?」

「思わないね。他人からの賛辞はひがみとかやっかみに変化し易いし、心から言ってる人って滅多にいないし」

「確かにそうだけど……俺は言われたい。『おめでとう』ってひがまれたい!!」

「佐々木、歪んでるね。疲れてんの? 半年前の彼女の事、まだ引きずってんの? 心の傷が壊死し始めてんの?」

「引きずってねぇし! あんな浮気女の事なんか! 傷は……壊死しはじめてるかも……」

「おめでとう、佐々木。これでまた一段大人の階段登ったね」

「嬉しくねぇ! 嬉しくねぇよその階段登れても!!」

「おめでとう、佐々木。痛みを知って、また更に優しい人間になれたね」

「俺が他人に優しくするんじゃなくて、誰か俺に優しくしてくんないかな。優しさが欲しい……。あと、やっかみ」

「おめでとう、佐々木。人は渇望から強さを引き出せるようになるんだよ。強くなれたね」

「俺は弱いままでいい! 弱いまんまで誰かに守られたい!」

「おめでとう、佐々木。『守られたい』と思うって事は、今まで守られずに一人で頑張ってこれたって事だね。偉いぞ」

「さっきから何なんだよ赤羽!

 おめでとうおめでとうって、うるさ──」

 と、そこまで言って気づいた。


『おめでとう』って、言われたいと俺が言ったから、赤羽はこじつけでも『おめでとう』と言い続けてくれていたのだと。


「赤羽……お前、意外にいいヤツだったんだな」

 俺がその事にやっと気づいた事に赤羽はヤレヤレといった具合にため息を一つついて、手に持ったハイボールをグビリ。


「『意外と』は余計。それに」

 一言文句を言って、更にハイボールをゴクリ。


「そういう時は『いいヤツ』じゃなくて『いい女』って褒めるトコじゃね?」

 ジョッキを空にして、テーブルにドンと置いて、俺をジロリと睨んだ。


「そうか……そうだよな。

 ごめん赤羽。お前の事、女だって忘れてた。

 いい女です、赤羽様」

 俺がペコリと頭を下げると、そんな俺の後頭部を赤羽がクシャリと撫でた。

 ビックリして顔を上げると、酒でほんのり赤くなった頬に微笑みをたたえた赤羽と目が合う。


「いい女だって気づいたところで、ちょうどいいからさ。

 私と結婚しとけば?」



 頭の中で、誰か知らない人たちの『おめでとう!!』という叫びが、聞こえた気がした。



 了

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