純白のドレスのお供には

ふなぶし あやめ

純白のドレスのお供には


―――やっぱり結婚式は、特別なものだから。


 そう言って母は、式の前日に顔を見せに実家に寄った私を、涙ぐみながら抱きしめてくれた。

 いざ当日になって、控え室で綺麗にアレンジメントされた花束を見ると、心がいっぱいになる―――のも事実だが、やはりどこか複雑な心境もあるわけで。

 借り物の上品な純白のドレスに、くすみを知らないようなハイヒール。普段じゃ絶対に身に着けないような衣装を見ていると、どこか現実感がなくて、だからこそもう思い出すこともなくなったはずの感情を思い出してしまう。


 私の両親は、中学のときに離婚してしまった。それから私は、母に育ててもらった。

 別に両親の仲が悪くなったとか、そういうわけじゃなく、離婚を持ち出した母の言葉を強いて借りて表現すると「わたしの為」だ。私の歳を追うごとに、母は少しずつ離婚の理由を話してくれるようになった。

 父は私が小学生の時に会社を立ち上げ、小さな有限会社の社長になった。初めの数年は軌道に乗っていたが、私が中学に上がった頃からおそらく事業がうまくいかなくったらしい。そこで社長だった父は、数人の社員たちの給料を優先して自分の給料をほぼゼロに近い数字にしたのだ。普段はいっそ短気にさえ見えるし、見栄を張る癖もある父だが……、結局根は、優しい人なんだと思う。

 私の成長の妨げになると判断した母は、離婚して私を育てることを決意したらしい。


「ねぇお母さん」

「んー?」

「もっかいハグしてくれない?」


 そう言ってみると、もちろんだよーっと笑ってぎゅっと抱きしめてくれた。もうとっくの昔に子供の年齢は過ぎている。それでも、背中に手を回した。変わらない、母の香りが私は大好きだった。

 母は強く、対外的には仕事ができ頼れる人だが、家ではだらだら、娘大好き。そのギャップがきっと魅力的なんだと思う。サバサバしてて、優秀で仕事もできて、それなのに忘れん坊でどこか抜けてて、そして人をきちんと見てくれる人。

 よく寝る前に、「あなたが子供で良かった」って言ってくれたのを思い出した。……それは私の台詞だ。


「お母さん、今日はバッチリだね」

「特別だからね。どぉ、ママ綺麗?」

「うん。ちゃんと顔色の悪さは隠れてるね。ブルドックはさすがに無理だったみたいだけど」


 頬が加齢で垂れていく様子を、私と母はよくブルドック状態だーっと笑っていた。私が大学進学で実家を出る前のこと。もう何年か前のことだ。


「たった数日でどうにかなるもんじゃなからねぇ。ま、これが歳を取るってことよ」


 歳を取ることを恐れないこの人は、やっぱり素敵だ、と思った。両親として父と母は、尊敬している。父は離婚した後も定期的に私と会ってくれたし、一般的な女子高生が父親を嫌いになる時期に離れて暮らしてたお陰で、父に対して反抗的な感情を持つこともなかった。父も大好きな私にとっては、それは両親が離婚してくれて良かったことのひとつだ。


「お母さん」


 だからこそ、両親には私が大人になったら、自由に恋愛して、素敵な人を見つけてほしいと思っていた。

 私はある意味、二人の離婚によって「結婚」に意味を見出せなくなった。たかだか書類上の契約で、この世の中の様々な法律上での扱いが変わることには疑問しかない。私はきっとこの先も結婚することは無いと思う。

 でも、父も母も、時々恋人がいることには気づいていた。もし私が本当の意味で両親から自立したとき、二人から恋バナされてもいいなって思っていたほど。


 だからもし、こんな日が来たら―――。


「んー?」


 とびっきりの笑顔で、これを言うと決めていたんだ。今日は、母の人生二度目の結婚式。純白のドレスのお供には、きっとこれ以上にぴったりな言葉は無い。

 言った後の、母の顔を想像してワクワクした。いつだって、サプライズは大好きだ。これは絶対、母譲り。


「結婚おめでとう、お母さん」


 

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