デビューする日の5次元杯

快亭木魚

こんな日は

今日はめでたい日だ。自分に「おめでとう」と言ってあげられる良い機会だろう。


30年続けていた仕事が来月に契約終了となることが決まったんだ。


俺の仕事はどんぶりにジェット機やドローンをまぶし、飯をすくえるようにショベルカーをつけおくような内容のものだった。


名物「近代移動手段丼」は瞬間移動列車開通記念の場でよくふるまわれていたんだ。「おめでとう。今日から風情を感じる暇もないほどになる」という決まり文句と共にね。


あるいは、音速幽霊の落としていった電気で水流型ロボットを起動させるようなことも仕事の一部だった。水流型ロボットはすぐに流れがちなのできちんと起動できる際は「おめでとう」と声がけをする。それくらい繊細な操作が必要なんだ。


時代の移り変わりとともに、この仕事も不要となっていく。それはそれでめでたい。「おめでとう」と言える現象の一つであると言える。世界がしっかりと新しい方向に動いていることの証だからだ。


今日は太陽系46億光年のシングルデビュー記念日でもある。かなり眩しい輝きを持つグループだけに周囲からの期待も大きい。富士山をつらぬくテレビでもしきりに「おめでとう」と言われていた。俺も金星メンバー加入審査の頃から追っているので、とてもめでたいと思っている。


ただし、曲は思った以上に置きにきていたように思う。もっと氷河期も5次元に飛ばすくらいの角度で攻めてきても良かったとは思う。


ただ、そういう置きの姿勢も「おめでとう」というストレートな単語を引き出す為には致し方ないことでもあるとも思うんだ。「おめでとう」と多くの人が言える状況というのは、多くの人にとってその状況が愛でるに値するものであるという共通認識のもとにあるからだ。


また、今日は叔母の螺旋状ケルベロスの病が早期発見されためでたい日でもある。いや、厳密にはめでたいと言ってはいけないのだろう。


なんせ、戦車のヘッドフォンもエスカレーターのドレスも環状線ネックレスもしばらくは装着できなくなる。頭や肩に住んでいた移住者小人軍団も退去してもらわなければならない。12ヶ所のマイクロチップ全摘出手術も必要になる。


賑やかな日常を愛でていた叔母にとっては、つらいことであるのは間違いない。それでもだ。


「健康のありがたさに気づけた、という意味では悪いことではない。むしろめでたいことだ」


精神を強く持っている叔母は螺旋状ケルベロスの病に対してもこう言うのだ。まったく、感心するばかりだよ。何世紀になっても次から次へと出現する新しい病に対しても肯定的な言葉を出せる姿勢に脱帽だ。


こんなめでたい日だ。俺は一人で一人を祝う為に、アンモナイトとシーラーカンスとタイタニック号が泳ぐ水槽がある絶壁バーに入った。


良いことがあった日に、俺はこの店でしだれ桜トニックを飲むんだ。


ほろ酔い気分で心地好かったのだが、そう簡単に一人にはさせてもらえない。


高速道路を肩につけた阿修羅の評論家がやってきて隣に座ったんだ。腕が6本あるから交通整理はお手の物。軽々とつまみのマイクロチップスをつまみつつ、高速道路を走るマイクロカーの速度を調整している。


阿修羅は穏やかな表情でこう言う。


「数字だよ。何世紀たっても人々が気にするのは数字だけなんだ。


見ろよ、この水槽を。タイタニックをわざわざ細部まで再現してシーラカンスと一緒に泳がせている。無事に航海できる夢を表現していると言うが、1400人以上が死んだ悲劇に頼ってるんだ。


太陽系46億光年のシングルデビューも同じ。数字が見込めるからデビューする。遺伝子レベルの接触イベントは批判が多かったから、マジックハンドレベルのグリーティングに変わってはいるが、それでも確実に200万枚は最低でも見込める。


君が書くどうしようもない独りよがりの小説はどうだ?1桁再生数連続記録の更新は何度目だ?お前のようなプライドだけが高い人間の物語は、よほど共感ポイントを作っていかなければ愛でてもらえない。それは自覚しているのだろう?


いつまで職を転々とする?そんな不安定な生活の中で書かれる小説の不完全さを君は恥だとは思わないのか?」


正面の穏やかな表情はあくまでも同情のまなざしをむけてくれるが、怒りの表情が120度の角度からこちらをさげすんでくる。俺はそんな評論家に対して返してやるんだ。


「俺は、あんたが正確に芸術を見抜く目を持っていることを知っている。さすが目が6個あるわけだ。視点が広い。だから俺のような存在にも気付く。


意味は後から付け足す。まず魂優先だ。それこそ何千年前から変わっていない事実。俺のどんぶりのドローンは墜落して焦げたかもしれないし、水流型ロボットは既に蒸発しているかもしれない。


でも俺は俺を祝う為に、今日も書いているんだ。172歳の誕生日を誰が祝ってくれる?とてつもなく長生きの叔母ですら入院だ。俺自身の魂や肉体がケルベロスやインキュバスに絡まれるかもしれない。平均寿命が250歳を超えてるとは言え、いつ枯れてもおかしくはない。だから不完全でも魂の痕跡を記録しておくんだ。


自分に対して『おめでとう』と言ってやるのはなぜか。自分の過去を肯定することは自分の現在を肯定することにつながるからだ。


この国の人間は、何世紀経っても謙遜という名の否定が得意過ぎる。それはそれで、この酒にかかっているしだれ桜のような美しさはあるが、同時に委縮の原因でもある。


もちろんコンパクトにする技術は今も昔もすごいさ。カップラーメンのような遺産から、火星人との共同開発の人間ミクロ化技術まで、せまい国土の有効活用法をよく分かっている。これも謙遜文化のなせる業だろう。すなわちいかに他人に迷惑をかけずに生きていくかという思いやりの極致だ。


俺自身も思いやりの象徴だよ。だから1桁再生数も愛でる。それはそれで謙虚な数字であり、またしばられない自由さの象徴でもあるからだ。あんたが言うように、人は人と異なるから、数字しか信用できない。何世紀経ってもそのくせは治らず、いつまで経っても踊らされてばかりだ。比較競争の虚しさは歴史が証明しているだろう。空飛ぶ車のタイヤと地を走るドローン論争の虚しさ。太陽系の独立でもさんざん無駄な血が流れたよな。


だからこそ、数字から自由である為に、まずは魂を優先させるんだ。


23世紀のある日、こうして今日も新たな誕生をむかえられた。毎日が誕生日であるという哲学は間違ってはいないと思う。人は日々新しい人生を始めているからだ。どうだ、芸術家っぽいだろう?」


「ああ、中身の薄さがよく分かる。完敗で乾杯だ、君の愚かさにな!」


こうして俺は阿修羅の評論家とグラスを交わす。まったく意味のない行為だ。


だが、この無意味さも含めて人生なのだろう。


「ハッピーバースデー、5次元で評論家の俺」


「ハッピーバースデー、3次元で作家の私」


(終)











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デビューする日の5次元杯 快亭木魚 @kaitei

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