これからのわたしへ、これまでのわたしから
湫川 仰角
これからのわたしへ、これまでのわたしから。
気分は如何でしょうか。
寝起きのようにぼんやりとしているでしょうか。それとも、コーヒーを飲んだ時のように覚めているのでしょうか。
突然ですけど、3,572,458 足す1,447,586は?
電脳化というのは、こういう計算がパッと出来るようになるということなのでしょうか?
施術前の私では、それがどういう変化になるのかイマイチよくわかりません。
お医者さんの話では、脳がネットワークに接続されて、沢山の情報を忘れることなくいつでも閲覧出来るようになるのだとか。
そうして閲覧する情報に、私の言った言葉、やらなきゃいけない行動、私の過去現在未来を全て載せておくことで、私はもう、私を忘れなくて済むそうです。
これまでの私は、辛いことがたくさんありましたね。
うそ。覚えていません。
たくさんの辛いことを乗り越え、勇気を振り絞り、こうして失敗の可能性もある手段を選んだのですよね。
うそ。これが私の選んだ手段なのか、覚えていません。
きっと、私の周りにいる人たちが、私の辛いことを肩代わりしてくれていたのですよね。
わかりません。覚えていません。記憶障害という言葉自体、今ですらあまり聞いたことがないと感じるのに。
電脳化する前の私と、電脳化した後の私。変身する前と、変身した後。それほど詳しくは知らないけど、そんな題材の作品が多くあることは知っています。どういう結末になるのでしょうか。
でも、変身する前を忘れてしまった私にとっては、あまり関係のない話かもしれません。
一人の人が同じ人で居続けるためには、何が必要なのでしょう。
経験?
記憶?
自分についての情報?
それはたぶん、自分の身に受けてきた傷痕なんじゃないでしょうか。
癒えることのない、残り続けた傷痕。
その傷痕こそが、その人が同じ人であることを示す証拠なのだと思います。
じゃあ、その傷痕を消せるのだとしたら。忘れたいことをなかったことに出来る機会に、恵まれたとしたら。見たくないことを自分から見つけ直すことは、必要なのでしょうか。
たくさんの情報の中から、こんなにもちっぽけな自分の情報を、私は探し出すことが出来るのでしょうか。
すぐ隣にある光輝く情報ではなく、錆び付いた私の情報を選ぶ勇気が、私にはあるのでしょうか。
これからの私は、辛いことを受け止め直すことが出来るのでしょうか。
わかりません。
すごい量の情報に、選ぶ間もなく私は埋もれてしまうかもしれない。でも、今この時に至るまでの選択を、それが覚えていない選択だとしても、私は後悔していない。
どうかそれだけは、埋もれないで欲しい。
そろそろ、時間です。
お医者さんが私を呼びに来ました。
これからのわたしへ。
あなたには、これまでのわたしと変わるところはありません。いや、ちょっとくらい頭が良くなっていて欲しいかな。
どんな結果になろうと、わたしは選択をしたのでしょう。
傷痕は、残っていますか。後悔を、感じていますか。
どんな結末になろうと構いません。
勇気ある選択をして、それは成功したのだと信じています。
成功した人にかけるべき言葉は決まっていますよね。
わたしが最初に、 おめでとうと、言ってあげます。
これまでの、わたしから。
これからのわたしへ、これまでのわたしから 湫川 仰角 @gyoukaku37do
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます