2.『フィネグンドの夜』
精霊領域フィネグンド。国土に広大な森林を持つこの地の夜は深く、そして静寂である。それは難民の受け入れによって人口が増えた今も変わらない。
この日の夜もいつもと同じく静かであった。聞こえてくるのは人々の喧噪では無く、森の木々によるさざめきと虫の声。それは、屋内にいるならば自然のもたらす穏やかな夜の時間となる。
そんな自然の気配を受けてか、領内のとある家屋の中では常とは違う話が語られていた。
「……以上よ。ちょっと立ち寄った街で散歩に出ただけでこの騒ぎ。本当に驚いたわね」
呆れ声で嘆息したのは黒髪、黒い神官服の女性。神官にして死霊術士、イザナである。
「あー、なんだかアルは変わらないんですね~」
ちょっと嬉しそうに返すのは黒髪の少女。イザナに師事する死霊術士、ハルベルだ。
今日のイザナは珍しいことに、勇者アルヴィス・アルバースの思い出話を語っていた。色々あって、スケルトンのアルとなった彼の仮の契約者であるハルベルにとっては聞き逃せない話題だ。
「本当に変わらないのよね。人間やめてもトラブル持ち込んでくるし」
「あはは……。でも、それがアルのいいところだから」
「いいの?」
恐ろしいほど前向きな回答にイザナの表情が引きつった。
「いやほら、だって、悪いことしないじゃないですか。勇者だし」
「まあ、そうだけど……」
確かに、彼の起こす騒ぎは、結果的に見れば流石は勇者という感じに良い形に収まる事が多い。
そう納得しかけたところで、イザナはあることを思い出した。
「気に入らないのは。大体毎度、可愛い女の子がついて来てることなのよね。……あれ、わざとやってるのかしら?」
色々とあったのだろう、吐き捨てるような言い方に、今度はハルベルの表情が引きつった。
「あ、あはは……。でもアルは女の子とか見てどうこう思わないから」
その一言がいけなかった。イザナの心の中にくすぶる熾火に火がついた。
「はあ? 何言ってるの、貴方だってその一人じゃない? それに、どうこう思わないわけないでしょ。胸とか見てかなり動揺するのよ」
その一言もいけなかった、自信のアル像に難癖を付けられたと感じたハルベルの心中で、反撃の狼煙が上がる。
「そんなことないもん! アルは女の人いやらしい目で見ないし! ミクトラさんとかエルフの女王様の前でもいつも通りだったし!」
「何言ってるの、付き合いもそれほど長くないくせに。……ああ、だからね。骨になる前は彼も一人の男性だったという話よ」
付き合いの長さ、生前を知るものとしての余裕を持った発言にハルベルが追い込まれる。
「そ、そんなこと……。だって、実際お師匠様には何も起きてないじゃん! フブル様が気を利かせて二人きりとかにしてそうなのに!」
「うっ!」
窮鼠猫を噛む、ではないが苦し紛れの発言が思った以上に効いた。事実だけに、イザナにとって手痛い一言である。
「つまり、アルはそういう感情は無い人だったのです。お師匠様を見ればわかります。――証明終了」
「小娘が……。私がどんな思いでいつもいつもいつもいつも女連れで現れる彼と居たと思ってるの……」
「気にしすぎだと思いまーす」
「まあ、肉体のある時の彼だったら貴方みたいな体型の子には反応しないでしょうけど」
「むぅっ!」
懐かしい思い出話の場はどこへやら、女二人の言い争いが始まった。
ちなみにこの口論、二人とも悪くない。
生前を知るもの。死後しか知らないもの。
双方の勇者への認識が微妙に違って、解釈違いを起こしているだけである。
どちらもちょっと考えればわかるようなものだが、頭に血が上った後ではそれも難しい。
ぎゃーぎゃーとやかましい口論がしばらく続く。
ちなみにハルベルの近くにいたデケニーは「アホラシ」と言って部屋の隅で休息に入っている。
「ただいまー」
そんな賑やかな室内に、新たな人影……いや骨影が現れた。
二人の想い人にして想い骨、スケルトンとなった勇者アルヴィスことアルである。
「ふー、この身体になってから夜の散歩はほんと落ち着くわー。なんか目撃されてめっちゃ驚かれてたけど、また新しい怪談作っちゃったかな? ま、たまには死霊らしい仕事したってことで……」
誰に話してるんだかわからない独り言を言いながらも、アルは言い争いをしている女子二人に気づく。ちなみにどちらも口論に夢中でアルの帰宅に気づいていない。
「おいおい、二人とも。喧嘩は駄目だぜ?」
と二人を諫めるべく間に入る骨。実に常識的な判断である。
対して感情が高ぶった女子二人は猛禽を思わせる目つきで骨を睨み付ける。
「ヒッ……」
その『圧』に、アンデッドすら一瞬怯む。
「誰のせいだと思ってるの!」
「アルのためなんだからね!」
二人に怒鳴られたアルは、何となくその場で居住まいを正す。
「えっと、俺が悪いの?」
悪くはないが、タイミングが悪かった。
「ちょうどいいわ、せっかくだから言いたいことをこの骨に言っておこうかしら?」
「私はそういうのないんだけど……」
「そんなこと言ってると急にいなくなって厄介事持ってくるわよ、これ」
「なるほど……」
少し落ち着いたイザナとハルベルがそんなことを話し出す。
(あ、理不尽の予感)
直感的にそれを察したアルだが、大人しくその場に正座した。骨だけで器用なものだ。
「まあ、大人しく聞こうかね……」
素直かつ、正々堂々とそう宣言する。
「何だか怒ってたのが馬鹿らしくなるわね……」
「ですね……」
そんなアルの態度を見てイザナとハルベルが落ち着きを取り戻す。
「まあまあ、せっかくだから話しをしようよ」
それを見てなお、アルは正座したまま朗らかにそう言った。
この流れ、理不尽ではあるが、悪くは無い。
二人が仲良さそうに話すのが、アルにはちょっと嬉しかったのである。
【昔勇者で今は骨 二次創作】『元勇者、勇者ブームに遭遇す』 みなかみしょう @shou_minakami
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