【昔勇者で今は骨 二次創作】『元勇者、勇者ブームに遭遇す』
みなかみしょう
1.『元勇者、勇者ブームに遭遇す』
エイン王国のとある街に立ち寄ったら、勇者ブームだった。
世界を救った勇者アルヴィス・アルバース。
ただでさえ高名な彼だが、ごく最近にあった事件でも活躍があったという噂が火種となり、王国全体がそんな騒ぎらしい。
通りを歩けばそこかしこで自分の商売を無理矢理にでも勇者に関連づける店の数々。人々の口からは十分に一回は勇者アルヴィスへの賞賛の言葉が語られる。
「いやー、この街は空気がいいなー」
そんなわけで、勇者のなれの果てである、スケルトン・アルは上機嫌だった。
アルは上機嫌で闊歩する、時々歌や踊りを混じえながら。見た目はただのスケルトンなので普通に怖い。おかげで人々はドン引きだ。
しかし、そんなことが気にならないほど、彼は気分が良かった。
アンデッドとなり、勇者アルヴィスとは別人として生きる彼だが、褒められるのは嬉しいものだ。
そんなわけで、アルは偵察という名の散歩を終えて上機嫌で、宿に帰還した。
「ただいまー……って、なにその目。俺なんもしてねぇぞ」
入るなり、どんよりした目で女性二人が見つめて来た。
「あたしはね、アルにちょっと幻滅しそうだよ。今のアルはスケルトンだからそういう気持ちはないって信じてるけどね……」
一人は死霊術士の少女ハルベルだ。入室したスケルトンを見るなりなんかブツブツと良くわからないことを言ってくるのは、ある意味、その職業に相応しい。
「アル……殿……」
一方のもう一人。冒険者のミクトラはなんか泣いていた。
「んあ、こっちはどうした?」
「私は……何があろうと、アルの味方です。世界中の女性が敵になったとしても……」
「世界中の女性が敵って俺なにしたの!? 全然憶えがねぇぞ!」
叫ぶと同時、ちらりと本の山が見えた。
そこに置かれていたのは数々の勇者情報誌だ。このご時世、ありふれた代物である。
しかし、タイトルが問題だった。『勇者アルヴィスの異常な情欲』『勇者から学ぶ女性を口説くテクニック~まずは危機的状況から』『勇者アルヴィスはハーレムを築こうとしていた!?~あいつ許せねぇ!~』というあんまりにアレな本の数々……。
「え、なにキミ達。こういうの読んで信じちゃったの? 一緒に旅してるのに、いかがわしい本に負けるくらい信頼性ないのオレ?」
頭蓋骨を落として大げさに凹んで見せるアル。しかし、女性二人は止まらない。
「勿論全部信じたわけじゃないよ。でも、ほら、ここにある匿名希望のIさんって人の『あの男は、ちょっと目を離すと見知らぬ女性と仲良くなっているのです。ええ、そうです、しかも、その時点で大分いい感じになっていることが殆どで……。許しがたいですね』ってコメントとか、かなり信用できそうだもん」
「全くです。私もこれを読んで、雑な情報だと斬って捨てるわけにはいかなくなりました」
「……誰だよ、余計なこと書いた奴は」
本気で迷惑だ。良い空気を感じて帰ってみたら、謎の修羅場とかあんまりすぎる。
「アルは、アンデットだからもうこんな病気は治ったんだよね?」
「まさかスケルトンになってまでハーレム願望を満たそうとして……いえ、私はあえて何も言いますまい」
「えーと……」
こいつらめんどくせぇな。
既に自分の中で結論が出ているっぽい女性二人を見てそう思うアルだった。
「それで、どうなの!?」
「どうなのです! 特に次々と女性が目の前に現れる件については!?」
「事実無根だよ! ちょっと抗議してくる!」
そう叫んで、アルは宿から飛び出した。
○○○
「おい、どういうことだよ。フブルさん!」
「おー、現在エイン王国は空前の勇者ブームじゃからのう。良いことじゃ」
街の中にとある墓場。昼でも暗く、じめじめした、アンデッドくらいしか近寄らなそうな場所で、アルは叫んでいた。
とりあえず、貴重な通信符を使い、この国の権力者に抗議しているのだった。書籍の流通には国も一枚噛んでいるはず、そう踏んでの通信だった。
そして予想通り、フブルの態度はなにか関係している人のソレだった。
「良くないよ! 俺の信用が地に落ちてるんだよ! 何とかならないのコレ!?」
「うむ。それなんじゃがな……。馬鹿にならんのじゃよ」
「何が!?」
「いや、税収がな」
「結局そこかよ! 俺の人権は!?」
「今のお前は別人じゃろうが!? 勇者アルヴィスはとっくに死んでおる、人権もクソもあるかい!?」
「ひっど。それを本人に言っちゃう? ハートが深く傷ついたよ! 心臓ないけど!!」
「怒ってるんだか笑いを取りたいのかはっきりせんか。勇者ブームのおかげで、王国の福祉政策が豊かになるんじゃぞ。なんか不満あるのか!」
「あ、ないです」
即答だった。死んでも勇者。それがアルなのだ。
気を取り直して、落ちついた声音でフブルが語る。
「まあ、お主の気持ちもわからんでもないがな。わしもちと動きにくい事情があるんじゃよ」
「事情って何よ。俺を納得させることができるもんなの?」
「ちょっとまっとれ」
そういってしばらく通信が沈黙すると、アルの目の前にぼんやりと映像が現れた。
遠見の水晶級の応用のような魔法。アルにはそう見えた。
「おお、すげぇ術だ。フブルさん、色んな技持ってんなぁ」
「いいからよく見ろ。疲れるから長時間続かん」
「えー……」
じっと映像を見ると、そこが見覚えのある場所であることがわかった
更に言うと、映像には見覚えのある人物が投影されていた。
「……エルデ姫?」
「左様」
写っているのはエイン王国第一王女、エルデスタルテ・ア・エインヘアルだった。
彼女は普段見せる美しくたおやかな姿を乱し、物凄い勢いで原稿を前にペンを振っていた。
「……『勇者様、ああ勇者様、勇者様』、ああ、アルヴィス様の尊さを表現するあまり、また見事な詩を生み出してしまいましたわ。次の会報に載せましょう……」
怪しい笑みを浮かべながら王女は再び原稿作業に入った。
アンデッドのアルですら恐怖を感じる、強烈な光景だった。
「なにこれ」
「勇者ブームの火付け役じゃ。ほれ、この前の件、神界にいったお主が手を貸したことになっておってな」
「ああ……」
何やら、いつの間にかそんなことになっていたらしい。詳しくは『昔勇者で今は骨』第2巻を参照である。
「姫の中で渦巻く情念はより気高く昇華され、今や信仰と化し、更にはエイン王国全土にアルヴィス信仰として広まりつつあるのじゃよ……」
「すっっごい迷惑なんだけど」
とんでも無い話だった。王家が率先してやってるとか手に負えない。
「迷惑しとるのはお主だけじゃ。しかも、死ぬ前のな」
「ぐ…………」
アルとしても少し前に見た、王女の痛ましい姿を知るだけに何も言えなかった。
「まあ、このブームも少しすれば収まるじゃろう。お前もちょうどこの国を出る流れなわけじゃし、見逃してくれんかのう」
殊勝な態度で言うフブル。
そうこられると、骨になったとはいえ、勇者なアルは弱い。
「ぐぐぐ……俺が帰ってくるまでに落ちつかせといてくださいよ! あと、儲けたお金は恵まれない子供とかにも使ってね!」
そんな捨て台詞を残して、アルが会談を打ち切ったのであった。
そして宿に戻ったアルを待っていたのは、何ら問題が解決していない女性二人だった。
「やっと戻ってきた! なんか色々気になる本を買ってきたから詳しい話を聞かせて貰うよっ」
「私も色々と気になるところです、さあ、アル、こちらへ」
諦めと共に部屋に入りながらアルは呟くのだった。
「早くこの国出よう……」
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