物語修復機構 『日本書紀』 ツクヨミ 篇

いずも

月は食事に日も共に

 誰も知らない、とある世界のとある書斎。

 ありとあらゆる物語が蒐集されるその場所。

 物語の観測所と人は呼ぶ。


「誰も知らないんだから誰も呼ぶわけないッスよ」

「マナちゃん、まだ前口上の途中だから静かにね」

「りょーかいッス」


 何らかの理由で改変されてしまった物語を正しく修復する。

 これはそんな使命を帯びた者たちの物語である。


「で、今回はどんな物語ッスか!? 幽体離脱しやすい武闘派ヒロインを救うんスか? もしくはヒッキーなヒロインが病的に監視する兄を助けるんスか?」

「ふむ、あのヤンデレ妹から罵詈雑言を浴びるのはコーハイちゃん的にアリだね」

「被虐嗜好を全面に出すな」

 そしてヒッキーはお前だ。

 言わないけどな。こいつ喜ぶから。


「なんでも『日本書紀』の神代紀、それもツクヨミに関する部分で問題が起きているらしい。ツクヨミに関する記述って少ないから、多分なんとかなるかな」

「流石シショー、文字数制限を考慮しての迅速果断な判断ッス! 用意周到! 無為姑息!」

「最後のは悪口だよね」

「おっと、悪口を受ける時はコーハイちゃんに一言あって然るべきかと」

「そんな許可制なら返上してやるよ。いいからさっさと準備しろ」

「はいはーい。ほにゃらら~。はい、呪文を唱えたことにして二人を神話の物語の中へごあんなーい」

「それを口で言うのか……」

 斯々然々で通じるのはお話の中だけ……これ、その「お話の中」か。

 なら仕方ない。

 わたしはコーハイを一人残し、マナちゃんと共に物語の中へと進んでいく。



「そもそもツクヨミって何した人ッスか? 名前だけはよく耳にするけど、よくわかんないッス」

「人っていうか神様だね。超簡単に説明すると、太陽を司るのが姉のアマテラス、月を司るのが弟のツクヨミ。だからツクヨミは月、つまり夜の象徴というかそんな感じ」

「アマテラスもよく聞くッス」

「ツクヨミに関しては知名度の割に活躍の場が少ないんだよね。太陰暦とか月を重要視してきた割には」

 古事記と日本書紀で同じ出来事に関して書かれていても、違う人物が行ったとされたり。ツクヨミはその辺り割りを食っている。

「ツクヨミってどんなのかな。夜の世界とか、陰鬱っぽいけど」

「じゃあそこに居るこざっぱりした青年では無いッスね」

「……ん?」

 マナちゃんが指差す方向。

 遠目からでもわかるような好青年がそこには居た。


「やあ、こんにちは」

 キラリとのぞかせた歯は眩いばかりの光沢で思わずのけぞる。

「なんだこの乙女ゲーに出てきそうなイケメンは」

「とんだキザ野郎ッス」

 どうもマナちゃんはお気に召さない様子。

 確かにちょっとイメージと違ったけど。

「僕はツクヨミ。もしかして君達もウケモチのところに向かうつもりかい?」

「ウケモチ? ラーメンの出前で使う銀色のあれッスか?」

「それは岡持ち。食べ物の神様なんだけど、確か神話だとツクヨミに殺されちゃうんだ。で、それに怒ったアマテラスと仲違いして、それぞれ昼と夜に分かれたとかそんな感じ」

「食べ物の神様殺しちゃうんスか!? 食べ物の恨みは怖いッスよ。許せないッス」

 あ、多分マナちゃんがツクヨミ嫌いな理由はこれかも。


「ツクヨミちゃん、やっぱり行っちゃ駄目よ」

 彼の足元でもぞもぞと動く影。

 ひょっこりと顔を出す女性。

 全身黒い衣装に幸薄そうな顔、でも美人。

「でもアマテラス姉さん」

「嘘だっ!」

「めちゃくちゃ地味ッスね」

「ええ、よく間違えられます。僕がアマテラスで姉がツクヨミなんじゃないかって」

 少し褐色気味で健康的な艶肌のツクヨミに、色白で血色悪く不健康そうな見た目のアマテラス……どう考えても逆だ。

「せっかくウケモチがもてなしてくれるっていうんだから、断るのは失礼だよ」

「だって、だってもしもツクヨミちゃんとウケモチちゃんが仲良くなったとしたら……」

 アマテラスの掴む手がぎゅっと強くなる。

「誰が私の面倒を見てくれるのぉー……」

 このダメ姉がっ!!


「大丈夫だよ姉さん。僕は何があったとしても、姉さんの介護はかかさないから」

「介護って言ったッス」

「ブラコンとシスコンの共依存コンビじゃないか」

「もしかしてこのアマテラス、引きこもりの小説家じゃないッスか」

「それだとツクヨミはファミレスでバイトする神様になっちゃうよ」

 まさかの高天原北海道説が浮上してしまう。


「心配なら、おねーさんも一緒に行けば良いじゃないッスか」

「へ?」

「ああ、なるほど。姉さんも一緒に行けば問題ないじゃないか。いや、むしろ連れて行くよ。もしも姉さんの口に合う料理を出してくれるのなら、姉さんのために料理を作ってくれるように頼んでみるよ。君達も一緒に、さあ。食事は多い方が楽しいからね」

 そう言うとツクヨミは早足で歩き出す。

 ズルズルと引きずられながらアマテラスはしがみついていた。

 呻き声なのか引きずられる音なのかよくわからない音が鳴り響いていた。


 彼らについていくとやがて一軒の家に到着した。

「おーい、ウケモチ。約束通りやってきたよ」

「はーい、お待たせしました~って、あれ、なんかたくさんお客様が……」

 扉から顔をのぞかせたのは素朴で可愛らしい女性だった。

「ごめんね、色々あって大人数で押しかけてしまったけど……迷惑だったかな?」

「っ、い、いえいえそんな滅相もない! よーし、皆さんに美味しいご飯をごちそうしちゃうからね、任せてよ!」

 力こぶを作るポーズで頑張るアピール。

 健気で可愛らしい娘だなぁ。

「シショー、鼻の下が伸びてるッス」

「そういうマナちゃんはお口が逆三角形だよ」

 わたし達四人はウケモチの家へと入っていった。


「さぁ! 食べたいものがあれば何でも言ってね」

 満面の笑みでウケモチが言う。

「姉さんはなにか食べたいものはある?」

「え……じゃあ、魚料理とか」

「魚料理ね、任せて! ちょっと待っててね、今出すから――あら? どうしたの?」

 ウケモチが自信満々で作業に取り掛かろうとするところ、大惨事が引き起こされる前に手を打とうと手招きして彼女を連れ出す。


「どうしましたか?」

「今、何をするつもりでしたか?」

「えっと、私、穴という穴から食材を出せるので、口から魚を吐き出そうかと。ちょっと吐瀉物も混じりますが」

「テロ行為ッス! 魔法は尻から出るような慈悲はないんスか!?」

 慈悲なのか、それは。

「えっと、それは絶対に引かれます。そんな行為見せたら怒らせて殺されます」

「うそっ、ど、どうしましょう!? ツクヨミ様に尽くしたいと思って編み出した技なのに」

 もっとマシなやり方があったと思う。

「ふむ、見えなければ大丈夫ッスね?」

「う、うん。きっとね」

「じゃあマナちゃんにお任せッス!」

 そう言うと部屋に間仕切りのカーテンを取り付けた。

「絶対に、覗いてはいけません……ッス」

 そしてカーテンを閉めた。

 不思議そうな顔をする二人をよそに、カーテンの向こうでウケモチが準備を進める。

「う、うぷっ、お、オロロロロロッッ…………!」

「な、何の音だ!?」

「料理中ッス。しばらくお待ち下さいッス」

「……調理してるの? ホント?」

 二人は一気に不安の表情を浮かべる。

 そりゃそうだ。


「――はいっ。出来上がり!」

 しばらくしてウケモチが運んできたのは芳しい焼き魚の盛り合わせだった。

「においは確かに、美味しそうだけど……」

 躊躇している二人に対して、しびれを切らしたマナちゃんが、

「二人が食べないならマナちゃんが食べるッスよ」

 といって串に刺さった魚を取り、そのままかぶり付く。

 直接吐き出す行為を見ていないとはいえ、正直食欲は沸かない。

 この娘の食欲はとんでもないな。

「じゃ、じゃあせっかくだから……あら、美味しい」

 アマテラスが一口食べると、あまりの美味しさにさらに二匹目三匹目と手が止まらない。

「すごい……姉さんがこんなに必死に食事している姿なんて初めてだ。いつもは麦を数粒食べれば口が疲れたと言っているのに」

 それはただの栄養不足では?


 ツクヨミも料理が美味しかったのか次々と手を伸ばしていく。

 あっという間に魚はすべて骨になった。

「こんなに美味しい料理を作れるなんて! 僕の(姉の)ために毎日料理を作ってくれないかい?」

「ええっ!? ほ、本当ですか! 私で良ければぜひっ……!」

 唐突のプロポーズに困惑しながらもウケモチも満更ではない。

 カッコ内の言葉は見なかったことにしよう。

「おめでとうッス! 良かったッスね!」

「ええ、これもあなた達のお陰ね、ありがとう!」

 これでめでたしめでたし。

 わたし達も物語を後にした。


「……って、良くないよ!」

「どうしたんスかシショー。急に大声出して」

「いやいや、ツクヨミとアマテラスが喧嘩しないってことは、昼と夜が分かれないってことだよ!? そもそも神話の内容が変わったままじゃないか!」

「えー、良いじゃないッスか。これは『平成のゆとり神話』ッス。どうせあとひと月ちょいで平成もお仕舞いッス」

「時事ネタは後で見たときにまったく通じなくなるから……まぁ元号ネタはいいか」

 しかし昼と夜が生まれないことに変わりはない。

「むしろ今の世の中は昼と夜に違いがないですよ。夜でも昼間みたいに明るいし、お店は24時間開いているし、ネトゲをつければいつでも誰かがログインしている。もはや昼と夜の間に差なんて無いんですよ。どっかの夜は昼間なんですよ」

 コーハイの言葉はもっともだ。

「確かにそう言われると、もはや昼と夜の区別なんて無くなっているのかもな。それなら、もはや一日なんていう概念すら無くなっているのかもな」

「いやいや、それは困ります」

 珍しく真剣な顔でコーハイが言う。

「え、そう?」

「ええ。だって一日という概念がなくなれば、ログインボーナスもデイリークエストも無くなってしまいますから!」

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