上から目線でおめでとう!

椎慕 渦

上から目線でおめでとう!

「ゆうくん、ご飯できたわよ」

「・・・いらない」

「ゆうくん、冷めちゃうわよ」

「・・・いらないって」


かすかなため息と諦めたようなスリッパの足音が遠ざかってゆく。押し入れの暗闇の中で僕は膝を抱え直した。スマホの画面を叩く。白い光が狭い押し入れと丸められた布団と携帯ゲーム機と、そして僕の顔を照らし出した。僕は 内藤 祐樹(ないとう ゆうき)。12歳だ。日時は4月10日20時02分。10日!もう10日だというのに部屋の鴨居に吊り下げられている新品の制服に、僕は一度も袖を通していない。





「キャロ、飯だよ」

「・・・いらねえ」

「キャロ、あんたの好きな」

「・・・いらねえって」


かすかな鼻息と諦めたように羽をふる音が聞こえる。俺は洞穴の暗闇の中で尾を舐めた。この年になっても尾しゃぶりとか、ガキか?と親父は怒るだろうがいいだろ誰も見てないし。目の前に白岩の壁、苔の上を光虫がはい回っている。いまは春、同じに巣立った”上手くいった奴ら”は空撃隊に入って調子こいてる。誰が一番乗りでグルーオを倒すか?ウマの合う竜騎士と共にええかっこしいで調子こいてる。俺は、入れなかった。空撃隊に。俺は尾を舐めたまま、穴の奥へ引っ込んだ。といっても狭い穴だ。後ずさりした所で高が知れてる。いつも奥の壁に突き当た・・・らない?穴が続いてる?壁も平たくなっててすべすべしてる?なんだコレ?その奥に白くて四角い光が見える。その傍に、なんかいる!あれは・・・?




僕には一瞬、何が起きたのかわからなかった。そこにあるはずの押し入れの壁がいつの間にか消え、奥へと続いている。まるで洞窟の中のように。そして、何か近づいてくる。大きい!動物?いや、怪獣?


長い尾にワニのような胴体と手足、背には翼、長い首の先には鹿みたいな角の生えた馬のような顔がある。派手なオレンジ色の鱗が背中を覆い、腹の部分は黄色く、角と翼が黄緑だ、なんていうか”ニンジン”みたいな色合いだ。


目の前に実在するという事実を除けば、それはゲーム画面でさんざん目撃した「竜」の容姿にがっつり一致している。そ ん な バ カ な。押し入れの中で寝落ちした僕?ほほを抓ったが目は覚めない。


ただ、自分よりはるかに大きな怪物を前にしたにも関わらず、不思議と怖くはなかった。なぜならその竜、どことなく弱気に見えたからだ。しきりに自分の尾を口に入れて舐めている、幼児が自分の指を舐めるように。僕は、思い切って話しかけた。


「だ、誰?」

「そそそっちこそ誰だ?俺の穴に勝手に入りやがって」

「穴?ここは僕の押し入れだよ!」

「・・・お前、竜騎士か?」

「りゅうきし?僕は内藤祐樹だよ!」

「フン確かにお前みたいな弱そうな竜騎士なんてありえねーもんな」

「な!そっちだっておしゃぶりしちゃって!赤ちゃんか」

「尾しゃぶりは誰だってするさ!俺は空竜のキャロだ!アカチャンじゃねえ!」


”空竜のキャロ”が話した事はこんな感じだった。


まず彼らの世界は”グルーオ”と呼ばれる敵に攻め込まれている。それと戦うために

竜と人は手を組み、”空撃隊”という抗空兵団を結成した。竜に乗る戦士は”竜騎士”と呼ばれ、竜は彼らに選ばれる事で”空撃隊”の一員となる。

が、キャロはその竜騎士に選ばれず、他の子竜たちがみな空撃隊に入って活躍する中、ひとりいじけて穴に閉じこもっていた。で今、

その穴と僕の押し入れの壁が”つながって”しまったらしい。

原因はわからないけど。


「何が”派手過ぎる”だよ!。体の色は関係ないだろ!」

全身ニンジンみたいな色のキャロは唸った。

「関係あるんじゃない?目立つといい的になりそうだし」僕

「”目に覇気がない”ってなんだよ?!抽象的すぎない?」キャロは愚痴った。

「あそれ僕も言われる。先生とか父さんに」僕が言うとキャロはふくれっ面で言い返してきた。

「あのさぁユウキ、さっきからちょっと”上から感”出してない?」

「そ、そんな事」

「”まあまあ”ってなだめる感じ?”わかるわかる”って合わせる感じ?ちょっとイラつくんだけど」

「でも」

「ユウキだってその”チュウガコウ”?に行けなくて引きこもってるんじゃんか」

「引きこもりって言うなよ!僕は・・・その・・・ちょっと出遅れただけで・・・」「まあまあムキになるなよ。それで何日たった?そう言って昨日も今日も明日も同じじゃないのか?どうせ口だけなんだろ?わかるわかる、俺にはな」

「竜騎士に選ばれず空撃隊を落ちこぼれたキャロに言われたくないよ!」

僕は声を荒げた。確かにイラつく。


ふと見ると押し入れのすきまから朝日が覗いていた。

なんてこった!徹夜しちゃったのか?でも眠気なんかない。

こんな気持ちで眠れるもんか。僕は押入れを開け外に出ると、

驚いた顔で尾を舐めているキャロに言った。


「来いよ。僕が口だけじゃないってところ、見せてやる」

鴨居に手を伸ばし、制服に初めて手を入れた。



感極まった感じで見送ってくれた父母を後に、僕は中学校を目指し歩いている。

後には”空竜のキャロ”が歩いている。が、驚いた事にその目立ちすぎる

”ニンジン色”は”まわりの風景色”に切り替わって、ぱっと見にはわからない。

”保護色”っていうんだろうか。カメレオンがこんな能力を持っていたと思うけど。

とにかくトラック程もある竜は今、僕の後ろを歩いている。


前を同じ制服を着た子たちが歩いている。知った顔?あるわけない。

僕は”初”登校なんだ。校門が見えてきた。ふいに視線を感じた!

前を歩く女子集団の一人が振り返り、驚いた表情で僕を見ている。

!!!!小学校で一緒だった子だ!!!隣の子に何か耳打ちし、

隣の子も振り向いた!次々と視線が僕に突き刺さり、

胃に錘を詰め込まれたように歩みはのろくなる。「くすっ」

笑った?今誰か笑わなかったか?。


僕は踵を返し、歩き出し、走り出した。校門とは逆方向に。




川のほとりの斜面で座り込むユウキの背中を俺は眺めている。

結局”キョウシツ”にはたどりつけなかった。コイツの心には

いろんな気持ちが渦巻いているだろう。なんかわかるんだ。

竜とか人とか関係なく、たぶん同族だから。


「がんばったじゃねえか」俺は声をかけた。

「・・・」

「そりゃ教室には行けなかったけどよ。制服着て、ここまで来れた。大進歩だぜ!

偉い!おめでとう!」

「 お め で と う ?」ユウキは振り向いた。

「ちょっと”上から”入ってない?それ」イラついた表情が俺を見ている。

緊張で尾を舐めたくなってきた。


「今度は君の番だよ」ユウキは言った。

「お俺の番?」

「空撃隊に入れなかった事をぼやいていたけど、本当にそうなのかい?

身体の色だって変えられるじゃないか」

「そ、それは」

「本当は ホッとしてるんじゃないのか?」

「そんなことねえよ!でも空撃隊に入るには竜騎士に選ばれないとだめだ。

戦士を乗せてなきゃ竜騎士とは言えな」するとユウキの野郎、 

自 分 を 指 さ し や が っ た 。

クソッ。





遠目には、それは鳥同士がいさかいを起こしているように僕には見えた。

雲の狭間で雀の群れとカラスが争っているような。だが空竜キャロの背に乗って

近づいていくうち、それは鳥のケンカなんてもんじゃないことが分かった。


”グルーオ”━キャロ達が戦っている敵━それはたとえるなら

”家くらいの大きさのミジンコ”だった。顕微鏡で見るアレが

数10mものスケールで暴れている。鳴き声が”人の笑い声”のようで

ものすごく不快だ。


押し入れの穴からキャロの世界に来た僕は叫んだ。

「グルーオを倒そう!それでみんな認めてくれるよ!」

「・・・」答えはない。見ると自分の尾を舐めて目を白黒させている。

身体の色も迷彩でなく鮮やかなニンジン色だ。これじゃ目立ちすぎる!

案の定こちらを見つけたグルーオが襲ってきた!みるみる大きくなる巨大ミジンコ!その時!グルーオにコブのついた銛だか矢のようなものが突き刺さった!

続いてそこに炎が浴びせかけられた!コブは火薬だったらしく誘爆で

グルーオの身体を引き裂きえぐってゆく!やがて力尽きグルーオは落下を始めた。


空中で呆然とする僕らをいくつかの影が取り囲んだ。

装甲板をぶら下げた竜にまたがる竜騎士たち━剣や槍でなくロケットランチャーのような筒砲を携えている━”空撃隊”の面々だった。

「キャロじゃないか!ここで何をしている?お前はまだ空撃隊じゃないだろ」

一頭の竜が問いただすが、キャロはうつむいたままだ。

「お前は誰だ?竜騎士じゃないな?」背にまたがる竜騎士が、

僕に厳しい声を投げる。僕もうつむいたままだ。

「すぐにこの戦域から離れろ!」僕らは何も言えず地上へ降りていった。



岩棚の上。背を丸めて自分の尾を舐めているキャロに、僕はかける言葉がない。

あの竜たちはきっとキャロの同級生なんだ。みんなの前で大恥をかかされて

キャロの心にはいろんな思いが渦巻いているに違いない。なんかわかるんだ。

この竜は・・・僕と同じだから。


僕は口を開いた「がんばったじゃないか。

グルーオは倒せなかったけど、勇敢さは示せた。

大進歩だよ!偉い!おめでとう!」


ニンジン色の竜はゆっくり振り向いて

「おまえに言われたくねぇよ。なにその上からの”おめでとう”は?」



僕らはお互いにまじまじと相手を見て、その後、なぜか、同時に、苦笑した。








「ごちそうさま」


僕は食卓を離れた。「明日から夏服なんだって」

「じゃ冬服はクリーニングね、出して」部屋に戻った僕は、

だいぶ垢じみてきた制服を鴨居から外した。

その後鞄から一冊のノートを取り出す。そこには

「(マル秘)グルーオ攻略作戦」と書かれている。

授業そっちのけで考えたものだ。



押し入れに潜り込む。目の前には壁がある。




あれから2か月。僕は、いろいろあったが、いろいろマシにもなった。

だからきっとキャロも同じに違いない。今度は絶対に・・・









ふいに目の前の壁が消え、穴の向こうにニンジン色の竜が見えた。







おしまい?

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上から目線でおめでとう! 椎慕 渦 @Seabose

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