止まったままの時計

私が刑期を終えてアパートの部屋に戻ったとき、時計は止まっていた。

これは時が止まるという比喩ではなく、本当に止まっていた。


なぜ、時計は止まったのか……。


よくニュース映像で見かけるが……。

大洪水や大津波に襲われる直前、人々は家を捨てて避難所や高台に逃げ込む。

そのあと、大量の水が集落を飲み込む。

災害が去り、しばらくしてから、人々が自分の住居に戻ったとき、そこには変り果てた愛用品がある。

印象に残るのは、その瞬間をリアルに伝えるもの……。

それは……、時計だ。

デジタル表示ではなく、アナログ表示の時計だ。

1から12の数字が書かれた文字盤の上を針が動く、あの時計だ。

そのときの時刻を指し示したまま、止まっている。

デジタル表示では、ただ単にディスプレイが映らなくなるだけなので、何も感じないし、記憶にも残らない。


私の部屋にあったのは、アナログ表示の時計だ。

長期間、この部屋を留守にしたとき、時計は止まっていた。

しかも、あのときと、あのときの2回……。

天涯孤独で、この世に会話の相手とメールの相手が1人もいない私の生活状況では、誰かがこの部屋に入ってくることはない。

時計が止まった理由は災害ではない。

ただ単に、電池が切れただけ……。

問題は、そのタイミングだ。


いつ、止まったのか……。


日本中を騒がせた大津波のとき、私は牢屋にいたので、ここには居なかった。

転落事故で心肺停止状態だったときも、私は病院にいたので、ここには居なかった。

時計の電池切れなんて現象は、そんなに頻繁に起こるだろうか……。

ここに帰ってきたとき、時計が止まっていることに関心がなかった。

何時何分を指していたかなんて気にも留めず、ただ何気なく、電池を交換した。

あとから、そのことを振り返ったとき……。

いろいろ考える。


ひょっとしたらその瞬間に止まったのかも……ってね。

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