踏切で向かい合う(高校生編)
踏切警報機の音が鳴った。
同時に赤ランプが点滅した。
遮断機が下りていく。
私は、その前で立ち止まった。
ここは線路と道路が直角に交差している。
道路は片側一車線で、私が立っている側と対向車線側にそれぞれ幅の広い歩道があった。
線路は複線だった。
上り・下り、それぞれ1時間に10本くらいの電車が通り過ぎる。
ラッシュ時はその倍近くの本数になり、開かずの踏切と化す。
小学生時代、中学生時代、高校生時代と、まさか12年も、この踏切と付き合うことになるとは思わなかったよ。
向かいの遮断機の前には高校生の姿があった。
見覚えのある顔だけど、思い出せない。
あの表情……、成長していく同学年の連中に付いていけず、どうしたらいいのかわからない……、そんな人間の表情だ。
私にはわかる。
生活習慣、言葉遣い、上下関係……、同学年の連中は社会に適応できるレベルに成長していた。
その上で、恋をしていた。
高校生にもなって、恋だなんて言っているのは、もう遅いくらいだった。
今しかできないことを、今、当たり前のようにしているみんなの姿が眩しかった。
何もできずに時間だけが過ぎていくもどかしさに加え、小学生のときから何も成長できず、その輪の中に入りたくても入れないという劣等感が、やがて、言いようのない恐怖と不安に変わっていった。
友人を1人も作れずに、恋人を1人も作れずに、学生時代が終わろうとしていた。
遠くから眺ているだけの好きな人に彼氏ができて、愛し合う2人の姿を目の前で見る……、それを繰り返しただけの3年間だった。
ネットが無い時代に、誰とも繋がれないのはツラい。
パソコンや携帯電話が世に出回るのは、まだまだ数年先のことで、あのときは無い。
80年代から90年代にかけてのあの時代は、まだまだ厳しかった。
強制力が働いていた。
『いじめ』という言葉は生まれたばかり……、『不登校』や『ひきこもり』という言葉は無い。
要するに、甘えは許されなかった。
もし、今の時代に生まれていたら、私は確実に詰んでいただろう。
バイトをすることも無かっただろう。
友人と恋人がいない人生を送った人間が、バイトをするのは、かなりハードルが高かった。
それでも、強制力に背中を押されて、もう、やるしかなかった。
自分で働いて、自分で稼ぐ……、当時の私には、もの凄く大きな出来事だった。
しかも、誰もやりそうにないバイトを、いきなり、やっていたしね。
私が関わっていた地元テレビ局の生放送が終わったあと、度々、地下鉄で名古屋港まで行き、ポートブリッジから夜の海を眺めていた。
あのときはまだ、名港トリトンは建設されておらず、名古屋港から直接、水平線が見えた。
見上げれば、オリオン座が輝いていた。
あれくらい離れていた……、私とみんなとの距離は……。
たかがアルバイトだったけど、社会の波に揉まれ、何とか食いついている。
「いつか追いついて、抜いてみせる」
あのときは、そう思っていた。
残念ながら、人間は、何一つ、自分を変えられない。
いろんな人生経験を積むまで、それがわからなかった。
当時、抱いた恐怖と不安は、見事なまでに、そのまま的中した。
だから君も、遮断機越しに見える未来の自分を見て、『やっぱりそうか……』と思っただろう。
電車の警笛が鳴った。
瞬間、下りの急行電車が突風を伴って、私の目の前を激しく通過した。
通過したと思ったら、今度は時間差で、上りの急行電車が通過した。
電車が去っていく余韻が残る中、踏切警報機の音が止まった。
遮断機が上がった。
高校生は、いなくなっていた。
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