踏切で向かい合う(中学生編)

踏切警報機の音が鳴った。

同時に赤ランプが点滅した。

遮断機が下りていく。


私は、その前で立ち止まった。

ここは線路と道路が直角に交差している。

道路は片側一車線で、私が立っている側と対向車線側にそれぞれ幅の広い歩道があった。

線路は複線だった。

上り・下り、それぞれ1時間に10本くらいの電車が通り過ぎる。

ラッシュ時はその倍近くの本数になり、開かずの踏切と化す。

小学生時代、中学生時代、高校生時代と、まさか12年も、この踏切と付き合うことになるとは思わなかったよ。


向かいの遮断機の前には中学生の姿があった。

見覚えのある顔だけど、思い出せない。

放心状態で目が死んでいる。

あの表情は見たことがある。

あれは、確か……、オール5だった成績が突然1と2だけになったことで、設定された人生のレールから脱線したときの……。

家では虐待……、学校ではいじめ……、長年続く飽和状態から何かが零れ落ち、体裁を保てなくなったときの……。

そうだ、思い出した。

あのタイミングで、あれが起こった。

『葬式ごっこ事件』が……。

いじめを苦にしていた同じ中学生が、首つり自殺した。

おそらく、日本で初めて『いじめ』という言葉(名詞)が使われ、初めて報道機関が『いじめ』による自殺を取り上げた事件……。

東京に、そんな奴おったんかと、驚いた。

勝手な共感とともに膨れ上がった自殺願望はピークに達していた。

小学生のときと違って、大人への階段という、もう一つの壁も迫っていた。

当時、『いじめ』という言葉(名詞)と、『不登校』という言葉は、辞書には無かった。

なぜなら、そのような現実が社会には存在していなかったから……。

たとえ、現実として存在していても、そういう解釈にはならなかった。

そんな時代だった。

逃げ場が無かった。

あの事件に強烈な共感を覚えながらも、たかが葬式ごっこくらいで……と、見下す自分もいた。

私は、犬の生ウンチを丸ごと食べさせられたというのに……。

ただ、自殺にはそれ以外の背景がある。

その背景の方が自殺の理由としては大きいのだろう。


電車の警笛が鳴った。

瞬間、下りの急行電車が突風を伴って、私の目の前を激しく通過した。

通過したと思ったら、今度は時間差で、上りの急行電車が通過した。

電車が去っていく余韻が残る中、踏切警報機の音が止まった。

遮断機が上がった。

中学生は、いなくなっていた。

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